泡沫の月に幽玄の狼
それから、わたしたちの交際が始まったわけだが、わたしにとっての初めては全てが絃士だった。
お互いを見つめ合うのも、手を繋ぐのも、お互いを抱き締め合うのも、キスも、そして身体を重ね合わせたのも、全て初めては絃士だった。
恋人同士が交わす初めてが絃士で良かったと、わたしは心の底から思った。
そんなわたしたちの交際は順調に続いていった。
それは、絃士が警察試験に合格し、警察学校に通い始め、正式に警察官として勤務し始めてからも変わらなかった。
絃士は相変わらず無口で不器用だったが、彼の優しさや思いやり、愛情は充分に伝わってきていた。
「俺が一人前の警察官になれたら···、その時は俺と結婚してほしい。それまで、待たせちまうけど、俺頑張るから」
それが絃士からのプロポーズの言葉だった。
しかし、そんなわたしたちの生活を乱す存在が現れたのは、わたしたちが24歳の時だった。
わたしがストーカー被害に遭い始めたのだ。
当時、絃士は捜査一課に配属されており、管轄内だったこともあり、ストーカー被害に遭うわたしの相談に乗ってくれていた。
しかし、ストーカーからの嫌がらせは収まらず、わたしを心配した絃士が同棲する事を提案してくれたのだ。
絃士と同棲を始めたわたしは、それだけで安心が出来た。
仕事柄、なかなか帰宅出来ないこともあったが、絃士はわたしに気遣い小まめに連絡をくれたり、少しでも時間が出来れば会いに帰って来てくれた。
絃士が居てくれれば大丈夫。
わたしはそう信じてやまなかった。
しかし、そこで事件は起きてしまう。
絃士から仕事上、帰宅が難しい日が数日続くと連絡があった日があった。
絃士の提案により「実家に帰った方が安全だ」という事でわたしは実家に一時帰宅する事にしたのだ。
そして、仕事終わりに一度自宅に帰宅し、着替えを持ってから実家へ向かっていると、少し遠くの方から黒い煙が上がっているのが見えた。
それはわたしの実家がある方向だった。
わたしは実家近くで火事があったのだと思い、実家へ急いだ。
すると、黒い煙が上がるその家を見たわたしは絶望する事になる。
火事になっていた家は、実家の近所ではなかった。
わたしの実家が真っ赤に燃え上がり、黒い煙に巻かれていたのだ。