泡沫の月に幽玄の狼
Story.1
「なぁ、都子(みやこ)。今日って、仕事持ち帰って来てたりする?」
キッチンで夕飯後の後片付けをしていると、同棲中の恋人、水島貴博(みずしま たかひろ)がわたしを後ろから抱き締め、甘く囁いた。
「ううん、今日は持ち帰ってないよ」
わたしは一度手を止め、そう答える。
すると貴博は、わたしを抱き締める腕に力を込め、「なら良かった。じゃあ、俺は風呂入って来るね」と嬉しそうに微笑んだ。
「都子を愛せるのは、俺だけだよ」
貴博は耳元でそう囁くと、わたしの首筋にキスをして腕を解き、バスルームの方へ向けて歩き出した。
そんな貴博の背中を見つめ、バスルームへと入って行く貴博を見送った後、わたしは小さな溜め息をつく。
(あれは、夜の相手をしてって意味だよね)
そう思いながら、わたしは再び後片付けをする手を動かし始める。
貴博とは、付き合い始めて4年になる。
4年経っても貴博のわたしに対する愛情表現は変わらない。
ただ、なんだろう。
何か違和感があるのだ。
その違和感の正体は、いまだに分からない。
こんな風に思うのは、ずっとわたしなんかを愛し続けてくれている貴博に失礼だと理解しているのだが、なぜかわたしの心に掛かる霧が晴れないのだ。