泡沫の月に幽玄の狼
わたしはゆっくりと振り返った。
そしてそっと視線を上げ、絃士の方を向いた。
交番の目の前でオレンジ色の夕日に照らされながら立っていたのは、紛れも無く絃士で、彼は瞳を見開き驚いた表情を浮かべていた。
「···都子、だよな?」
再び確認するように絃士が言う。
わたしはその言葉にゆっくり頷くと、「―――久しぶり」と声を絞り出した。
「な、なんでここに?」
「えっと、実は···芝浦くんから、聞いて···」
わたしがそう答えると、絃士は溜め息を吐き「―――···っあいつ」と呟いた。
「あ、でも!会いに行こうって決めたのは···、わたしだから」
わたしがそう言うと、絃士は照れくさそうに首元に手を置き、それから親指で交番内を指した。
「座る?」
ぶっきら棒に絃士が言う。
わたしは、「···うん」と頷くと、絃士に促され交番内へと入り、中にあったパイプ椅子に座らせてもらった。
「何か飲むか?」
「ううん、あまり長居出来ないし、大丈夫」
「···そうか」
そう言って、絃士も椅子へと腰を掛ける。
何だか久しぶり過ぎて、わたしたちの間にはぎこちない雰囲気が漂っていた。
少しの間、流れる沈黙―――
それを先に破ったのは、わたしだ。
「こっちに、戻って来てたんだね」
「あ、あぁ···まあ。また辞令が出て、偶然戻って来られたんだ」
「そうだったんだね。あ、同窓会にも行ったんだって?みんな元気にしてた?」
「おう、みんな変わらず元気してたよ」
「そっか、良かった」
「「······」」
再び訪れる沈黙。
だが、それでも良い気がしてきた。
無理に話す必要なんてない。
元々、付き合っていた当時からだって、無理に話さずに心地良い沈黙はよくあった。
一緒に居られればそれだけで良くて、その沈黙さえも楽しめている自分もいた。
だから、これで良いのだ。