泡沫の月に幽玄の狼
その日から、わたしは絃士に会う為に仕事帰りに青葉交番へ立ち寄るようになった。
大した話をするわけでもなく、ただ些細な会話をするだけ。
短い時間ではあるが、ただ少しでも絃士に会えればそれだけでいいのだ。
「いつも、どんな仕事をしてるの?」
わたしがそう尋ねると―――
「道に落ちていた小銭を小学生が届けに来てくれたり、あとは自転車の防犯登録の解除とか、そんな仕事が大半だよ。それくらいが平和でいい」
絃士はそう言って、優しく微笑む。
それから、たまに美貴から連絡がくるようになった。
『最近、伊神くんとはどうなの〜?』
その質問にわたしはいつも「ちょっと話して帰るくらいだよ」と答えるのだが、それでも美貴はなぜか嬉しそうだった。
そして、「早く水島と別れて、伊神くんとより戻しちゃいなよ!」と急かすのだ。
しかし、そんな日々を送っていたある日のこと―――
「なぁ、都子。最近、何かあった?」
突然、貴博がそう尋ねてきた。
「えっ?特に何もないけど、何で?」
わたしがそう言うと、貴博は納得いかないような表情を浮かべ、わたしを見つめた。
「···まあ、都子に限ってそんな事はないか」
「え、何が?」
「いや、浮気なんてあり得ないよな〜と思って。そんな身体じゃ、俺以外に誰も相手なんてしてくれないだろ?」
貴博はそう言って、不敵な笑みを浮かべる。
わたしは、何かと火傷の跡の事を口に出して、あれこれ言ってくる貴博が嫌だった。
前であれば、確かにそうだと思い、貴博以外の誰にも愛してもらえないだろうと、貴博に捨てられる事を恐れていた。
しかし、美貴や芝浦くんと話をした今、貴博の考え方や言動が度を超えている事に気付けた。
貴博は、わたしに自信を無くさせようとしているのだ。
そう思えるようになってから、わたしは貴博の言葉一つ一つが気に障り、不快に感じ「早く貴博から離れたい···」そう思うようになっていた。