泡沫の月に幽玄の狼

「どうしたんだよ···!」

驚く絃士は、わたしに駆け寄る。
わたしは涙を拭うと、「突然、こんな時間にごめんね」と言った。

「いや、俺は大丈夫だけど···何かあったんだろ?」

絃士はそう言って、わたしの肩を優しく掴んだ。

わたしは聞こうとした。
椎名さんから聞いたことが本当なのか―――

しかし、聞いても良いものなのか···
聞いて絃士に迷惑がかからないか、それで躊躇う自分がいた。

「―――ううん、何でもない。ちょっと絃士の顔が見たくなっただけ」

わたしは作り笑顔を浮かべ、また滲んできてしまいそうになる涙を必死に堪えた。

「突然来て、本当にごめんね。じゃあ、またね!」

わたしはそう言うと、今にも滲んで溢れ出しそうな涙を隠す為に絃士に背を向け、そして走り出した。

絃士からすれば、何で来たのか意味が分からなかっただろう。
しかし、わたしは本当なら絃士に謝りたかった。

あの話が本当なのかを聞いて、わたしのせいで理不尽な扱いを受けていた絃士に謝りたかった。

わたしは絃士から逃げるように走り、そして息を切らしながら自宅マンションへと辿り着いた。

「―――ただいま」

玄関に入ると、そこには既に貴博の黒い革靴が置いてあった。

(貴博が、帰って来てる···)

わたしはどんな顔で貴博と顔を合わせればいいのかを考えた。
何なら、顔も合わせたくないくらいだが―――

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