女除霊師の密かごと


 正直舐めていた。
 この人体模型、何故かそこらへんの幽霊よりもずっと強いようだ。ポルターガイストまで起こしてきた。この程度の装備で相手にできる存在じゃないかもしれない。……だから撤退したいのに、体が動かない。
 内心汗ダラダラで焦っていたその時、凛とした声が響いた。

「僕の優眠さんを拘束しないでもらえますか」

 ……いや僕のって何だ? と私が心の中でツッコミを入れているうちに、人体模型の動きが変わる。首だけが回転して博士のほうへと向いた。遅れて上半身がくるりと捻れる。
 じーーーーー。
 人体模型が無言で博士を凝視した。博士は微動だにせず人体模型を見返している。随分強気な態度である。

『……ふぅん……』

 人体模型はしばしの沈黙の後、ふてくされたようにため息をついた。

『残念だけど、アナタ、好みじゃないワァ。女同士の会話に入ってこないでちょうだい』

 そして、すらりと長い指を伸ばし、ピンッと中指で空気を弾くような動作を続けた。

「……っ!」

 突風が発声し、博士めがけて渦を巻く。
 博士のかけていた眼鏡が、その風にあおられて吹き飛んでいく。
 博士の素顔があらわになった。形の整った目元が、理科室の白い蛍光灯に照らされた。

 そこで、模型がぴたりと動きを止める。強風も止まり、室内が一瞬、静まり返った。
 人体模型の目が、ぎょろりと動く。

『あらやだッ! イケメンッ!』

 人体模型は片手を口元に添え、恥ずかしそうにクネクネし始めた。
 さっきまでの殺気立った空気はどこへやら、人体模型の目は完全に乙女のそれだった。
 博士はようやく風が止まったことに安堵したのか乱れた髪を整えた後、眼鏡を拾い上げてかけ直した。
 すると、イケメン度が半減した。
 途端、人体模型がスン……と大人しくなる。

 ――次の瞬間。人体模型が博士に気を取られている隙に、花恋さんが一気に走り込んで人体模型と距離を縮めた。持参したらしきロープを構えたその動きは、どこか狩人めいていた。

「さっきはよくも優眠様の前で恥かかせてくれたわねっ!」

 怒声とともに、花恋さんの体が宙を舞う。花恋さんは人体模型の背に着地し、そのままその首と胴に縄を巻きつけた。彼女は慣れた手付きで人体模型をがんじがらめに締め上げていく。

『アッ! やん! ちょっと、アタシのボディに何を……!』

 ようやく人体模型の声が、花恋さんに届いたようだった。

「うるさい! キモいこと言うな!」

 花恋さんが容赦なくロープを引く。

『アッ! 強すぎッ! アタシに緊縛の趣味はないわッ!』

 悲鳴とも喘ぎともつかぬ声を上げながら、人体模型は情けなくのたうち回ったが、花恋さんの縛りは完璧だった。縛り上げられた人体模型は、床に転がされ、もうぴくりとも動けないようで固まる。
 よく見ればあの縄は、霊の力を弱体化させる作用を持つ御霊具だ。
 ようやく私の体も自由に動くようになった。

 私の視線に気付いた花恋さんはハッとした様子で咳払いした。さっきまで怒りに燃えていた顔に、慌てて取り繕うような微笑みが浮かぶ。

「あ、う、うふふ。わたくしったら取り乱してしまいましたわ。さてお兄様、こいつ、このまま祓っちゃいましょうか?」

 博士は首を横に振り、ゆっくりと人体模型に近付いた。

「ここまで強い魂を宿している個体となると、この場では供養できないでしょう。人形供養は僕たちの専門外です。……それに、彼にはまだ確かめなければならないことがあります」

 博士が鋭く人体模型を見据えた。

「この学校のどこかに封じられている白露院の本体の気配がどこにあるか……あなたには分かりますか?」

 その問いかけに、縛られた状態の人体模型はぷいっと顔を背ける。どうやら素直に答える気はないらしい。
 私はそっと博士の腕を引き、こそっと耳打ちした。

「博士、もしかすると眼鏡外して交渉した方がいいかも」
「……何故ですか?」
「いいから。早く」

 少し怪訝そうに眉をひそめた博士だったが、私の真剣な顔を見て何か理由があると感じたのか、眼鏡を片手で外して胸ポケットにしまう。
 刹那、人体模型の首が、異常な速度でぐりんっと博士の方を向いた。
 そして――その目から、ぽたり、ぽたりと涙が落ちた。

『……眼鏡を外すと本当にイケメンね……アナタ……以前ここで授業を受けていた、もう会えない〝あの人〟に似てる』

 人体模型が奇妙なことを言い出すので、私はしばし考えてしまった。
 博士みたいな顔をした生徒を、私は見たことがない。いるとしたら話題になっているだろうし……と考え込んだ後、ふとある可能性を思い付いた。

「その人ってもしかして……ミナトって名前だったりする?」

 人体模型に近付いて問いかける。
 すると、人体模型の頭がガクガクと揺れて、ぽたりとまた一雫、涙がこぼれた。

『そう、湊クン。山本湊。アタシはあの男子生徒に恋をしたノ。だから強いノ。恋心は、乙女を強くさせるのヨ』

 人体模型が語りだした。


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