女除霊師の密かごと


 兄は目を細めて、私と、敵意剥き出しの博士を交互に見やった。その視線にからかうような色が混じったのは、数秒経った後だった。
 兄がぶはっと噴き出し、肩を揺らして笑った。

「へ~え。ほ~お。ふ~ん。悪かったな」

 彼は冗談めかして言いながら、片手をひょいと上げて名乗る。

「俺、この子のおにいちゃん。真中清光言います」

 その名を聞いた途端、博士の手の力がわずかに緩まる。不審者だと思っていた人物が私の兄だと主張するのだから無理もない。敵か味方か判断が付かないような表情で、博士は私に視線を向ける。
 私は兄の言うことを肯定した。

「……本当だよ。有名人だから顔を隠すために怪しい格好してるけど、その人は私のお兄ちゃん」

 兄は私達の反応を楽しむように続ける。

「別に取って食うたりせえへんから、警戒せんでええよ。実の妹やもん。いつもゆみたんがお世話になってますう」

 相変わらずニヤニヤしたまま立ち去っていく兄は、すれ違いざま、私にだけ聞こえる程度の小声で伝えてきた。

「俺の式神、お前のところに置いとく。万が一それがおらんくなったら俺の非常事態や。本家に連絡して、速攻で生徒を避難さしてくれ」

 さっきまでの軽薄さが消えていた。兄は本気であの白露院を祓いにきたのだと感じた。
 いつの間にか、私の肩の上に小さな折り紙の鶴がちょこんと乗っている。兄が除霊の時に使う擬人式神。兄の命令を受けて動くものだ。これが消えるということは、兄の身に何かあったということである。
 私は、雑踏の中に消えていく兄の背中を見送った。


「大丈夫ですか?」

 博士が険しい表情でこちらを見つめてくる。その声はまだ、心配そうだった。
 そういえば、博士には私と兄の関係性を教えていた。不審者でなくとも、私が嫌な気持ちになっていることは察しているだろう。

「……大丈夫。間に入ってくれてありがとう。でも、何でここにいるって分かったの?」
「クラスメイトが教えてくれたんです。優眠さんが久しぶりに学校に来ていると」

 教室に立ち寄った時、目が合った生徒たちだろう。わざわざ博士に伝えてくれたのか。
 博士はふっと微笑んだ。

「皆さん、心配なさっていましたよ。随分休んでいたものですから」
「……話したことないのに?」
「話したことがなくても、クラスメイトではないですか」

 そういうものなのか。私なんて、ぼっちだから誰にも存在を認識されていないものと思っていた。
 文化祭準備に参加していないから邪険な扱いを受ける、なんて被害妄想だったのかもしれない。私は好かれてもいなければ、嫌われてもいないのだろう。

「博士も、差し入れありがとう。毎日ドアノブに、水と食料かけてくれてたよね?」
「すみません、来るなとのことだったのですが、居ても立っても居られず……」
「……ううん。嬉しかった」

 素直に気持ちを口にすると、博士が一瞬固まった。
 私も他人からの施しを嬉しいなどと伝える機会はなかなかないので、お互い照れたような沈黙が走る。

 その後、博士が、不意にじ~っと私の鞘袋を見つめる。
 そして、今度はやや不服そうな声音で言った。

「……病み上がりでどこへ行こうとしているのですか? 僕を、置いて」

 言葉に詰まる。……しまった。

「あっ、いや、折角白露院の場所が分かったから……」

 曖昧に濁したつもりだったのに、博士の眉がぴくりと動く。

「動き出す時は二人で一緒に、という話ではありませんでしたか?」
「い、いや、その、一人で倒しに行くっていうよりは、旧校舎の様子見だけして、その後で博士に声をかけようと……」

 嘘だ。本当は一人でやるつもりだった。

 文化祭準備期間、リーダーとして奔走していた博士に、当日くらい楽しんでほしかった。
 毎日夜遅くまで準備に付き合い、誰よりも一生懸命クラス全体を引っ張ってきた博士には、きちんと文化祭を楽しんでほしい。準備に参加しなかった私はともかく、毎日熱心に励んでいた博士が肝心の当日に参加できないなんてあんまりだ。
 博士は、むっとしたように口を尖らせ、やや目を細めて見下ろしてきた。

「まさか、自分で祓って、手柄は僕のものにして、推薦枠は僕に譲ろうなどと思っていたのでは?」

 ぎくりと心臓が跳ねた。図星を突かれたからだ。


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