女除霊師の密かごと


 清光は俺の背後をちらりと見やり、唇の端をゆるめた。

「おー……結構おるなあ」

 呑気な口調のまま、生徒たちの列へと足を運ぶ。彼は虚ろな目をした一人の頬に、軽く掌を打ち当てた。

「あかん。もう死にかけとる」

 その声は、まるで他人事のように平坦だった。
 卒業生とはいえ、今はうちの生徒でもない人間が何でここに。いや、それよりも。

「……どうして動けるんですか? ここで」

 俺はここに来た時から、鎖で雁字搦めにされたかのように動けなかった。
 しかし、清光の足取りは軽やかだ。まるで、わざと遊びに来たかのように。
 こちらを振り返った清光は、肩をすくめながら答える。

「俺はお前らと違(ちご)て、動物にされたわけちゃうもん。ここにおるお前らは魂だけで、肉体が地上で動物になっとるわけやけど、俺は生身や。白露院の封印を解いて、中に呑み込まれた」
「なっ……」

 思わず声が漏れた。白露院の封印を解いた? 何を言ってるんだこいつは?

「……そんなとんでもないことをしでかしておいて、随分と落ち着いてますね。笑ってますけど、そちらもここにいればいずれ俺の後ろの生徒たちみたいになるんですよ?」
「俺、こういうのに閉じ込められたこと、一回だけあるしな。その時大丈夫やったんやから、今回も大丈夫やろ」

 呑気なことを言う清光は、まっすぐに俺の方へ歩いてきた。

「白露院からしたら、取り込むにしても動物にしてからの方が楽やったと思うんやけど……俺のことは動物にしぃひんかった。動物化には、何か条件があるってことなんかもなぁ」

 清光は、胡座をかいて俺の正面に座った。
 そして、考え込むように顎に指を置く。

「ここにおる生徒たちに心当たり聞こうと思てたんやけど、意識あるんがもうお前だけみたいや。サンプル少のうて信用度薄いけど、一応聞くわ。心当たり、ある?」

 清光の声のトーンが少しだけ低くなった。
 俺は、言葉を絞り出すように口を開く。

「……死のうとしてました」
「へえ?」

 清光の反応はあまりにも薄い。
 興味なさげな声だった。
 でもその気の抜けた調子が俺にとっては救いだった。重たい話に見合った真剣な顔を向けられるより、今日初めて会った無関係の男相手の方が、ずっと話しやすかった。
 俺はゆっくりと、心の奥底をさらけ出す。

「除霊師としての受験に失敗したんです。第一志望も、滑り止めも、全部落ちました。折角こんなに優秀な高校に編入したのに、俺の力は社会には通用しないみたいでした。高校での成績も底辺でした。それに比べて弟は、努力で何でもやってのけました。入試の成績だってトップだし、あいつには輝かしい未来が約束されてました。早期受験であいつのこの学校への入学が決まってから、俺はあいつと比較されることが増えて……それで、死のうとしました。心が弱っていたから、白露院に干渉されたんだと思います」

 除霊師を目指して、途中で挫折した人間は、一般就職も難しくなる。どこの面接を受けたって、どうして諦めたんですか、と聞かれるだろう。〝途中でやめた人間〟というレッテルが一生付きまとう。

「――俺は、先の未来が見えないことにも、弟というプレッシャーにも耐えられなかった」

 そんな俺の語りを、清光は淡々と聞いていた。
 そして、鼻で笑いながら吐き捨てる。

「男のお涙頂戴、あくび出るわあ」

 薄ら笑いを浮かべながら、肩を揺らしている。
 変に慰めようとするわけでも、同情してくるでもない。たそれが逆に、楽だ。

 清光がどこか遠くを見るような目で言った。

「お前、その弟のこと、怖いて思ったことある?」

 唐突な問いに、すぐに言葉を返すことができなかった。
 清光は俺の反応を待たず、勝手に話を続ける。

「俺はあるよ。俺より年下のはずの、実の妹を怖いて思ったこと。昔はなあ、俺、どこへ行くにも妹を連れていっとった。あいつ、筋がよくてな。除霊の才能だけは俺よりずっと上やった。やから、俺は妹に霊を祓わせてた。仕事の大半はあいつに任せて、俺は横で指図するだけ。でも手柄は、全部俺のもん。そういう役割分担やった」

 清光が、ふっと笑った。

「ある年、妹と一緒に、とある村に除霊で呼ばれた。その村は、呪われた村やて言われとって、地図にも載ってへんかった。数百年も前からある、ド田舎の閉鎖的な村でな。妙なモンを祀っとった。人間が祀るせいでそれはどんどん力を増して、ついには村の人間を殺し始めた。それを鎮めるために、代々村の子供を生贄に捧げる風習があったらしいんやけど、要求される子供の数がどんどん増えて、困った村人から俺ら一族に依頼が来たってわけや。あの得体の知れへん神を祓ってくれ、ってな」


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