初恋が君に届くまで
10時になると、つむぎがタブレットを手に丈のデスクにやって来た。

「綾瀬さん、そろそろ打ち合わせをお願いします」
「ああ、行こう」

並んで廊下を歩きながら、ふと視線をつむぎに向ける。

つむぎは小さく「んーと……」と呟いて宙を見つめていた。

「どうかした?」
「いえ、打ち合わせの内容を考えていて。ウェブデザインを刷新するんですけど、綾瀬さんのシステムを埋め込むことを考えると、これまでのやり方ではいけないから……」

ちょうど階段の手前まで来たところで、考え事に夢中だったつむぎは段を踏み外す。

「きゃっ……」

すかさず丈が腕を伸ばして抱き留めた。

「大丈夫か?」
「はい、あの、すみません。ありがとうございました」

つむぎは急いで身体を離し、何事もなかったかのように取り繕う。

丈は腕に残ったつむぎの華奢な身体の感触で、ふと思い出した。

(そう言えばあの時、熱中症で倒れた彼女を運んだのが俺だってこと、知っているんだろうか)

高校の体育祭の練習でつむぎが倒れ、丈は急いでその身体を抱き上げて保健室に運んだ。

その間つむぎはずっと目を閉じて苦しそうにしていたし、あとのことは生活指導の先生に任せてすぐにグランドに戻ったから、もしかすると自分を運んだのは先生だと思っているのかもしれない。

(彼女の性格を考えればきっとそうだ。もし俺だとわかっていれば、必ずあとでお礼を言いに来るような子だから)

そう思うと、丈は無性に打ち明けたくなった。

あの時君を運んだのは俺だよと。

少しでも自分を印象づけたい。
つむぎの心の中に、自分を住まわせたい。
離れていても、自分のことを考えてくれるように。

「あの、綾瀬さん? どうかしましたか?」

心配そうに顔を覗き込まれて、丈はハッとする。

「いや、ごめん。なんでもない」

仕事中にこんなことを考えてしまう自分は、かなり重症だ。

(俺、どうしようもないくらい惹かれてるんだろうな)

それはまるで、恋を覚えたばかりの純粋な頃のように。

そう、これが自分の初恋なのだと丈は改めて気づいた。
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