初恋が君に届くまで
「今夜はありがとう、綾瀬くん」

部屋の前まで送り届けると、つむぎは改めて丈に頭を下げた。

「こちらこそ。楽しかった」

するとなにを思ったのか、つむぎはしょんぼりと肩を落とす。

「あの、本当にごめんなさい。気の利いた話もできない上に寝ちゃうなんて……。こんなだから私、デートとかおつき合いとかできないの。綾瀬くん、がっかりしたでしょう? もっとほかに綾瀬くんにふさわしい人がいると思う。私なんか、すぐにフラれちゃうのが目に見えてるよ」

瞬間、丈はカチンと来た。

「つむぎ、カギ開けて」
「え?」
「早く」
「あ、うん」

低い声で有無を言わさずそう言うと、つむぎは気圧されたように急いで玄関のカギを差した。

カチャリと音がするや否や、丈はドアノブに手を伸ばして玄関を開ける。

つむぎの肩をグイッと抱き寄せて中に入ると、パタンと閉じたドアにその身体を押しつけ、つむぎの顔の横に手をついた。

「あの、綾瀬くん?」
「つむぎ、なにもわかってない。俺がどんなにつむぎのことを想っているか……。高校生の頃から好きだったことも、俺の初恋だったことも、全部信じてないだろ?」
「そんな、あの……」
「私なんかって、打ち消してるだろ、俺の言葉を」

つむぎは認めるようにうつむいて視線を落とす。

丈は小さく息をついてから、ゆっくりとつむぎに伝えた。

「つむぎ。俺はつむぎの気持ちを大切にして、いつか俺を見てくれる日までずっと待つつもりでいた。つむぎを怖がらせたくないから。だけどつむぎが自分を卑下するのだけは許せない。俺が惚れた最愛の女だぞ? 悪く言うなんて、たとえつむぎ本人でも許せない。わかったか?」

戸惑うように顔を上げたつむぎの瞳が、涙で潤む。

そんなつむぎに、丈は優しく笑いかけた。

「自信持て。つむぎは俺に誰よりも愛されてる。寂しくなったらいつでも飛んでくるし、落ち込むことがあったらいつまででも抱きしめてやる。絶対に一人にしない。ずっとそばにいるから」

つむぎの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。

「……本当に?」
「ああ、本当だ」
「頼ってもいいの? 綾瀬くんを」
「もちろん。いつでも俺のところに来い」
「でも私、綾瀬くんになにもしてあげられないのに」
「つむぎと一緒にいるだけで、俺は幸せな気持ちでいっぱいになるよ」

途端に眉を八の字に下げるつむぎに、丈は思わず笑い出す。

「信じてないだろ」
「あっ、ごめんなさい。どうしてもピンと来なくて」
「つむぎの魅力は、つむぎより俺の方が何倍もよく知っている。健気で一生懸命で、純粋で優しくて。子どもみたいにあどけなくて可愛いのに、仕事はバリバリこなすし頼もしい。控えめで、いくら俺が好きだって言っても信じてくれない頑固者。実はそんなところもちょっと好きなんだ」
「ええ? 綾瀬くん、変わり者なの?」
「ははっ、そうかも? つむぎにメロメロで理性なんて吹き飛んでるからな」

そっか、とつむぎは妙に納得したように頷いた。

「冷静に判断できなくなってるんだね。それならちょっと腑に落ちる」

ん?と首をひねりたくなるが、つむぎに初めて受け入れてもらえた気がしてヨシとした。

「綾瀬くん、よかったらコーヒー飲んでいって」

吹っ切れたような笑顔のつむぎに、丈も思わず頬が緩む。

「いいのか? じゃあ、ちょっとだけお邪魔します」
「うん。狭い部屋だけど、どうぞ。ソファに座っててね」

パタパタとキッチンに向かうつむぎの背中を、丈は幸せを噛み締めながら見つめた。
< 53 / 91 >

この作品をシェア

pagetop