初恋が君に届くまで
オフィスでの二人
翌朝、丈はつむぎの会社に出社して来た。
これからしばらくはこちらに常駐した方が作業がやりやすいとのことで、丈のデスクもつむぎの隣のブロックに用意される。

「渡辺さん、社内を案内して差し上げて」

朝礼で丈を皆に紹介したあと植木がそう言い、つむぎは内心焦りながらも「はい」と返事をして丈と一緒にオフィスを出た。

「ではまず、フロアごとにご案内いたします。2階は主に応接室や会議室、3階は人事部、経理部、総務部があります。4階はカスタマーサポート部と倉庫管理をしているロジスティクス部。5階は営業やバイヤー達がいるマーチャンダイジング部。6階が私達のいるクリエイティブ部ですね。主にECサイトのデザインや運用、SNSの管理や運営、PRや広報を行っています。あとは各階にリフレッシュラウンジ、7階に社員食堂と医務室があります」

廊下を歩きながら説明すると、丈が「マーケティング部は?」と短く尋ねた。

「5階のマーチャンダイジング部の中に、マーケティング課があります」
「つまりバイヤーが兼任していると? マーチャンダイザーがいないのか?」
「はい、そうなります」
「そうか」

そう言った切り、丈はなにやら考え込むように口を閉ざす。

「あの、なにか不都合がありますでしょうか?」

恐る恐る訊いてみると、丈は短く「いや」と首を振った。

「少し不思議だったから。なぜ窓口となる担当者がウェブデザイナーなのかと」
「それは……、私では力不足だと?」
「そうじゃない、単純に畑が違うんだ。だからある程度予測はついた。御社はこれまでマーケティング戦略についてはあまり注力してこなかったのだろうなと」
「おっしゃる通りです。もともとはお客様のニーズに合わせて商品を買いつけて日本国内に届けるという目的で始まった、比較的歴史の浅い会社です。ですがいつまでもそのままでは会社は成長しません。時代の流れや流行の先を読み、どんな商品が喜ばれるかをこちらからお客様にご提案しなければ。その為に今回、御社のお力をお借りすることになったのです」

丈は前を向いたまま小さく頷く。
つむぎはエレベーターで順番にフロアを案内していった。

ガラス越しに見渡せる各部署のオフィスの様子を、丈はじっと見つめる。
真剣な眼差しのその横顔に、つむぎはつい見とれてしまった。

(なんだかすごく大人っぽくなったなあ、綾瀬くん。高校生の時はすごく生き生きしてて、ちょっとやんちゃなところもあったよね。今は落ち着いた頼れる大人の男性って感じ。って、これもれてないよね? カギ確固になってない?)

思わず口元に手をやって確かめる。
昨夜友美の話を聞いてから、心の中で考えるだけでも気を使った。

(高校の同級生だったことも、黙っていよう。私が言い出さない限り、綾瀬くんが気づくことはないもんね)

廊下に佇んで興味深げにオフィスを眺めている丈はずっと黙ったままで、つむぎは沈黙に耐えかねて声をかける。

「あの、なにか気になるところでもありますでしょうか? 改善点など」
「いや、単純におもしろいなと思って。会社にはそれぞれカラーや違いがあって、それをこんなふうに見せてもらえるのはありがたい」

なるほど、とつむぎも並んでオフィスに目を向けた。

「私にはいつもの光景ですけど、綾瀬さんから見ると新鮮なのでしょうね。あ、デスクが散らかってるとか思われてますか? 整理整頓しろよ、とか」

すると丈がふっと頬を緩めてつむぎを見る。

「うちはフリーアドレス制だから、自分のデスクがない。おかげでスッキリしてるけど、やっぱり自分のデスクっていいなと思っていたところだ。作業がはかどるし、集中できる。けどそうしたら、俺の場合はあっという間に散らかるだろうな」

目を細めて笑いかけられ、つむぎはドキッとして視線を落とした。

「えっと、では6階に戻りましょうか。7階の社員食堂は、昼休みにご案内いたします」

踵を返してそそくさと歩き出すと、ふいに丈に左肘をそっと引かれてつむぎはまたしても心臓が跳ねる。

「あの、なにか?」
「こっち」
「……はい?」
「エレベーターホール、こっちから行った方が早い」
「えっ、そうでしたか?」

つむぎはキョロキョロと辺りを見渡す。
フロアが違うと方角の感覚が狂うのか、自分が今どこにいるのかよくわからなかった。

「渡辺さん、方向音痴?」
「いえ、そういう訳ではないと思います」
「じゃあ覚えておいた方がいい。多分、方向音痴だ。迷子にならないようにな」

クスッと笑われて、つむぎは顔が赤くなる。
高校時代はひと言もしゃべったことがなかった学校のスターと、今こうして二人でいるなんて。

(しかも目を合わせてクスッと笑われたよ。あー、ダメダメ。高校時代の綾瀬くんだと思うと変に意識しちゃう。ここは職場。この方は取引先の綾瀬さん)

コホンと一つ咳払いをしてから、つむぎは澄ました顔で歩き出す。
背中でもう一度、丈がクスッと笑うのが聞こえた。
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