返事も溺愛もキスのあとで
「あの、やっぱり別々の方が」
彼女が再び小さく口を開いた。
いまは出社のピークの時間帯だ。エントランスを潜ってからすでに、俺たちを見て何やら噂する社員を二十人以上は見かけたが、全くもって問題ない。
「これでも手を繋ぎたいのを我慢してるんだぞ」
「えっ! 会社なのに」
「勿論しないよ。でもこうやって一緒に出社することで、社会人としての体裁を保ちつつ、雛子にわるい虫がつかないよう牽制してるんだ」
「ええっと……」
雛子が頬をほんのり染めると、コホンと咳払いをしてみせる。
(照れたのか。可愛いな)
もう少し意地悪もしたいが、この辺りが引き際だ。彼女を困らせるようなことはしたくない。
手持ち無沙汰を感じつつ、そのまま二人でエレベーターの前で到着を待っていると、不意に雛子がスマホを取り出した。
そして、大きな目をこれでもかと見開いたのが見えた。
「ん、どうした?」
「あ、あの……前から言おうと思ってたんだけど。これ」
俺はスマホの画面を見て、深く眉間に皺を寄せた。
──『思い出す 小鳥のさえずりに君の声 今なら言えるよ アイラブユー』
送ってきた相手は石垣。
見間違えかと思ったが、何度読み返しても気持ち悪い文言が浮かんでいる。
「いつからだ?」
「……一緒に住み始めて、すぐくらいかな」
雛子が周りに聞こえないように、小さな声で答える。