因縁の魔王陛下と聖女令嬢~溺愛の呪いが解けない~
 訳も分からないままエリーゼは上半身だけを起こす。鉄格子の外ではカインの冷たい銀の瞳が鈍く光り、エリーゼを見下している。

「知らなかったよ。エリーゼ様は最強の聖女じゃなかったんだね」

 淡々としたカインの口調には感情が見えない。しかしエリーゼは動じない。それは隠す必要もない真実なのだから。

「……そうよ。私には聖女の能力はないの。やっと分かってくれた?」
「うん、分かったよ。フェーリス公爵家に確認したからね」

 実家の名を出された途端に強気だったエリーゼの顔色が変わる。
 自分を虐げてきたあの家族に今の状況を知られてしまった。もう実家に戻る事はなくても、思わぬ繋がりができてしまった事に恐怖と不安を感じる。
 しかし最強の聖女ではないと分かった途端に投獄するとは、カインの恐ろしい本性が次々と見えてくる。

「それなら私はもう不要でしょう。デヴィール国に帰してくれない?」

 エリーゼとしてはアゼルの所に帰りたい。しかしカインは冷たい微笑みを浮かべ続けている。

「帰すわけないでしょ。アゼル様にはエリーゼ様が最強の聖女だと勘違いしたままでいてもらう」

 つまりアゼルが勘違いを続けている以上、彼は他に聖女を探して再婚しようとは考えない。聖女を持たないアゼルは最強の魔王ではない。カインはアゼル以上の戦力を備えて、いずれデヴィール国を侵略しようとしている。

(カイン様の、このアゼルへの敵対意識……やはり前世が干渉してるの……?)

 前世の記憶はないはずのカインだが、潜在意識にはアゼルへの憎しみが残っているとしか思えない。
 だが、愛という意味ではエリーゼに不安はない。アゼルは確かに勘違いをしてはいるが、聖女の能力が欲しい訳ではない。

(甘いわね、カイン様。アゼルはあなたとは違う。私を溺愛しているのよ)

 そこがカインとの決定的な違いで、エリーゼが聖女であるかなんて関係ない。そして悔しいがエリーゼもアゼルを溺愛している。二人の愛を繋げているのは呪いとはいえ、それは聖女の能力に勝る最強の力を生み出す。

「……私を幽閉すればアゼルが黙っていないわよ」
「アゼル様は来ないよ。エリーゼ様は『人質』だと伝えたからね」
「なんですって……!」

 すでにカインはデヴィール国に通達していた。人質の扱いなら、エリーゼを溺愛しているアゼルは手が出せない。

「……私をどうするの?」
「それを決めるのは僕じゃないよ」

 その時、カインの後方に誰かの姿が見えた。暗がりの中で見え辛いが、長い金髪の女性。そのシルエットは先日、城の屋上でカインとキスをしていた女性に似ている。
 女性が前に出てきて鉄格子の隙間から目を合わせる。エリーゼと同じ金髪碧眼、白いドレスの貴族女性……彼女が誰かを認識した時にエリーゼは目を疑う。

「セレン……!?」

 その女性はエリーゼの妹セレン。状況が理解できないままのエリーゼは反射的に一歩後ろへ下がる。カインは、にこやかに隣のセレンの肩を抱いて寄せる。

「紹介するよ。彼女は本物の最強の聖女、セレン。僕の婚約者だよ」

 カインはすでにセレンと婚約していた。それなのにエリーゼとも結婚しようとしていた。
 その事実が意味する意図を予想したエリーゼは、浮気以上に恐ろしいカインの思惑に身を震わせるしかなかった。
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