冷血心臓外科医はお飾り妻を逃がさない~愛なき契約から始まる甘く暴かれる独占婚~
「悪い。辞めた職場や元同僚のこと、悪く言って」

「いいえ」

 私は小さく首を横に振った。目の前の仕事をこなすのに必死で、そういった事情をまったく知らなかった。石坂さんも優しい先輩だと思っていたけれど、実際は見下されているだけだったんだ。

 私、なにも見えていなかったんだな。

 小宮さんはホットドッグを一口かじり、くいっとコーヒーで流し込んでカップを置いた。

「俺、今はコスマ薬品にいるんだ。ここへは仕事で来ていたところで」

 やや明るいトーンで切り出される。コスマ薬品工業は、ダミアノ製薬より歴史ある大手製薬会社だ。

 ふと小宮さんは周りを気にした後、声をやや潜めた。おかげで私は聞き取るため彼の方に体を傾ける。

「なんでも森下課長のせいでダミアノ製薬と第一総合病院との付き合いが一部揺らいでいるらしい」

 思わず声をあげそうになったが、それを堪え、小宮さんの方を見た。彼の表情は真剣そのものだ。

「あくまでも噂だけれど、なんでも既婚者のくせに医師の奥さんにセクハラまがいのことをしたとかで、病院側から抗議があって、ダミアノ側が森下課長を降格、本社から遠くの僻地にある支社に飛ばすことで手打ちを提案したけれど 、関係悪化は免れていないそうだ」

 今の話を聞く限り、ある可能性が浮かぶ。もしかして、森下課長の件は、成明さんが手を回したのでは……。

 森下課長とマンションの近くで遭遇して以来、彼がまた現れるんじゃないか、結菜も迷惑をかけるんじゃないかと、不安な気持ちでいっぱいだった。
< 126 / 166 >

この作品をシェア

pagetop