冷血心臓外科医はお飾り妻を逃がさない~愛なき契約から始まる甘く暴かれる独占婚~
『お金の心配はしなくてもいいから、小夜の好きな学校にいきなさい。お父さんも望んでいるから』
三歳のとき、父が車の運転中に意識を失い、そのまま帰らぬ人となった。誰かを巻き込むことがなかったのはよかったが、あまりにも突然の出来事に母は幼い私を抱え、ただただ呆然とするしかなかったという。
ゆっくり悲しむ暇もなかったのではないのか。女手ひとつで私を育てることになった母は、仕事を掛け持ちして働きはじめた。
正社員が能力的に難しかったのではなく、幼い私はしょっちゅう体調を崩し、母は頻繁に仕事を休まざるを得なかったかららしい。
保育園から呼び出され病院へ連れていき、家で看病とこなす母は、嫌な顔ひとつせず私のそばにいてくれた。熱にうなされながら、それがすごくうれしかったのをよく覚えている。
私が中学生になっても母は昼と夜のダブルワークを続けていた。「働くのが好きだから」と言いながら、私の進学のためなのは明らかだった。大学、なんなら高校だって無理していかなくてもかまわない。そう告げる私を母は笑顔で一蹴した。
母に応えるためには、勉強を頑張るしかない。だから母が無理しているのをわかっていながら強くは言えなかった。
そんな母が倒れ病気が発覚したときには、もう手の施しようがない状態だった。夢を見ているのではないかと疑う間もなく、入院して一ヶ月も経たないうちに母は亡くなった。
母が亡くなり、押し寄せるのは後悔ばかりだ。母の体調が悪いのは、気づいていたのに……。
なんで?
私の体調不良には敏感だったくせに、自分のことには無頓着。だから、私がもっと気にかけるべきだった。私のせいで母は亡くなったのかもしれない。
普段は胸の奥底にしまっている感情と今の自分に対する自己嫌悪で、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
三歳のとき、父が車の運転中に意識を失い、そのまま帰らぬ人となった。誰かを巻き込むことがなかったのはよかったが、あまりにも突然の出来事に母は幼い私を抱え、ただただ呆然とするしかなかったという。
ゆっくり悲しむ暇もなかったのではないのか。女手ひとつで私を育てることになった母は、仕事を掛け持ちして働きはじめた。
正社員が能力的に難しかったのではなく、幼い私はしょっちゅう体調を崩し、母は頻繁に仕事を休まざるを得なかったかららしい。
保育園から呼び出され病院へ連れていき、家で看病とこなす母は、嫌な顔ひとつせず私のそばにいてくれた。熱にうなされながら、それがすごくうれしかったのをよく覚えている。
私が中学生になっても母は昼と夜のダブルワークを続けていた。「働くのが好きだから」と言いながら、私の進学のためなのは明らかだった。大学、なんなら高校だって無理していかなくてもかまわない。そう告げる私を母は笑顔で一蹴した。
母に応えるためには、勉強を頑張るしかない。だから母が無理しているのをわかっていながら強くは言えなかった。
そんな母が倒れ病気が発覚したときには、もう手の施しようがない状態だった。夢を見ているのではないかと疑う間もなく、入院して一ヶ月も経たないうちに母は亡くなった。
母が亡くなり、押し寄せるのは後悔ばかりだ。母の体調が悪いのは、気づいていたのに……。
なんで?
私の体調不良には敏感だったくせに、自分のことには無頓着。だから、私がもっと気にかけるべきだった。私のせいで母は亡くなったのかもしれない。
普段は胸の奥底にしまっている感情と今の自分に対する自己嫌悪で、頭の中がぐちゃぐちゃだ。