冷血心臓外科医はお飾り妻を逃がさない~愛なき契約から始まる甘く暴かれる独占婚~
『親が早死にして、ろくな教育を受けていないんだな』

 ううん。あんなところ、こちらから辞めて正解だったんだ。

 沈みそうになる気持ちを奮い立たせ、この状況に意識を集中させる。

 ずっと仕事を頑張ったご褒美だって思い切って来たんだから、楽しまないと。

 かぼちゃのキッシュに手を伸ばそうとしたとき――。

「あなたのことにまったく興味ないんです」

 やけにきっぱりとした男性の声 が耳に届き、反射的に手を止める。一瞬、自分に言われたのかと勘違いしそうになったのは、低くよく通る声質のせいか、発言の内容のせいか。

 視線を斜め前に遣ると、向かい合って座っている男女が一組。女性は背中しか見えない分、こちらを向いている男性の姿が目に飛び込んでくる。その姿に息を呑んだ。

 二重のやや釣り上がった大きな目から放たれる眼光は鋭く、すっと通った鼻筋に、厚めの唇は不服そうに引き結ばれていて、整った顔立ちではあるが威圧感がすごい 。

 流れるような黒髪はワックスで上げられていて、額にかかるおくれ毛さえ計算された美しさがある。 均整のとれた体にサイズぴったりの上品なスーツを嫌味なく着こなしていて、この場にまったく引けを取らない。

 位置からして、さっきの言葉はおそらく彼が放ったものだろう。一体、どういう状況なのか。相手の女性はどんな反応をしているのか。

 女性の背中まである髪は艶やかで、私よりもずっと高価そうで品のいいワンピースを身にまとっていた。おそらく相手の男性に対してけっして遜色ない外見だと想像がつく。

「そうおっしゃらないでください。私はあなたのことをもっと知りたいんです。お好きな料理はなんですか? 私、料理が得意なんです」

 柔らかくも押しの強い女性の声も耳に入る。内容からすると、ふたりはデートしているわけではないらしい。
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