冷血心臓外科医はお飾り妻を逃がさない~愛なき契約から始まる甘く暴かれる独占婚~
 次の瞬間、女性が勢いよく立ち上がり、「失礼します」と告げてその場を去っていく。彼よりも先にこの場を去るのは、彼女なりの精いっぱいのプライドだろう。彼女は私の隣を足早に通り過ぎていった。

 しばらくして男性もおもむろに 立ち上がり、私はそろりと視線を逸らす。

 まったく。とんでもない場面に遭遇してしまった……。

 内心で肩を落としながらも、彼が立ち去るのを静かに待つ。

「人の話を盗み聞きするなんて悪趣味だな」

 突然降ってきた声に思わず顔を上げたら、テーブルの横に立っている男性と目が合う。鋭い眼光がこちらを見据え、息を呑んだ。

 時間が止まったような感覚に陥り、彼が再び足を動かし出して、私の頭も回り出した。

「ぬ、盗み聞きなんて……」

 とっさに言い返そうとしたものの男性の姿はもうない。

 私はぐっと唇を噛みしめる。

 悪趣味なのは、どっちよ! 女性にあんな血の通わない対応をして、豚の心臓が欲しいとか意味不明なことを言っている人に言われたくない!

 伝える相手がすでにいないので心の中で悪態をつく。せっかくの優雅な時間が台無しだ。ああもう、ついていない!

 やさぐれてしまいそうな気持ちをぐっと抑え込む。

 他人や運のせいにしても仕方がない。自分を幸せにできるのは自分だけなんだから。

 紅茶のお代わりを頼もうとドリンクの表を見る。何種類もあるメニューに再び心をときめかせる。

 レモングラスブレンド、気になるな。チャイもある。料理に合うのは……。そういえば豚の心臓ってハツ?

 つい思考が先ほどの出来事に引っ張られ、軽く頭を振った。もう二度と会わないけれど、なかなか強烈な印象の人だった。見た目も発言もすべてが。
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