冷血心臓外科医はお飾り妻を逃がさない~愛なき契約から始まる甘く暴かれる独占婚~
 仕事を辞めた決断を後悔はしていない。反面、大手企業を退職するうしろめたさや、自分にも非があったんじゃないかと自身を責める気持ちもずっと消えずにいた。

 そうか。辞めてよかった。私、間違っていなかったんだ。

 どこまでも冷静で、下手な慰めも、寄り添いもない。だからこそ三神さんの言葉は、蓋をしていた私の心の奥まですとんと落ちてきた。そこから沁みるように温かく広がっていく。

 私は強引に手の甲で涙を拭った。

「ありがとうございます。そうですね、その分、ここでの仕事を頑張ります」

 さっきの作った笑顔とは違う。今度は自然と笑みを浮かべて言えた。

 すると、三神さんはゆっくりと立ち上がり、私との距離を縮めてくる。

「自分の人生なんだ。選ばれる側でいるな。選ぶ側でいろ」

 彼の言葉はどこまでも重い。しかし言うは易しとはこのことだ。

「それは……三神さんみたいな人だから言えるんですよ」

 苦笑しつつ答え、すぐに後悔して視線を下げる。あまりにも可愛くない言い方だ。

「そうか?」

 ところが、意外にも軽い調子の疑問の声が降ってくる。顔を上げると、三神さんは余裕めいた笑みを浮かべていた。

「今、俺は君に選ばれている側だが」

 そう言って、彼はバスルームの方向へ歩を進めていった。ひとりリビングに取り残され、しばし動けずにいたが、急激に頬が熱くなるのを感じて手で押さえる。

 え、え?

 鼓動が速くなり、息が苦しくなる。なにが起こっているのか。自分のことなのにわからない。

 三神さんが座っていたソファにふらふらと近づき、彼のいた場所から少し位置をずらして腰を下ろした。

 まさか三神さんに仕事を辞めた話をするなんて……。

 結菜や友人にさえ、詳しくは話せなかったのに。

 今日だけで三神さんのいろいろな一面を見たし、知れた。迷惑をかけっぱなしだったけれど、その分彼にも言った通り、仕事で挽回しよう。強く心の中で誓った。
< 66 / 166 >

この作品をシェア

pagetop