ポリスラインを翔びこえて
ざぶんと全身を湯に沈めると、表面張力に負けたお湯たちがぶわあっと湯船の縁から流れ出していく。
「ふう〜…」
ぼうっと湿った天井を眺める。
見慣れた景色。この家に住んでもうすぐ20年か。
私は幼いころ養子としてこの家に来た。
3歳になりたてだったからほとんど記憶にないけれど、セイ兄の話では毎日「前のお家に帰りたい」と泣いてばかりだったそう。
前のお家。
実母は病弱で、私を産んですぐに亡くなってしまったらしいから元からいないに等しく、寂しいとか会いたいとかそういう感情は正直よくわからない。
でも実父は……今でもあの、優しい笑顔を、微かに。
──『うまいか?初めてだろう、オムライスは』
──『どうだ、綺麗だろう?果てしない海は』
──『わっはっはっは。間抜けな顔だぞ?すり傷くらいで泣くな』
ちゃぷん、と身を起こす。
のぼせないうちに出よう。
「……あ、」
脱衣所でバスタオルを取ろうといつもの棚を見上げると、そこは空っぽだった。