意地悪なボイスアクターの危険な執着愛から逃れたい
「そ、その声、わざと……ですか?」


思わず口からこぼれた声は、震えていた。


「声? わざとって?」


彼は、とぼけるように聞き返した。


「その声。わざと、作ってるんですか」

「さあ、どうだろうね」


はぐらかすように笑うと、彼はまた一歩、距離を詰めてきた。

私は反射的に後ずさったが、すぐに背中がデスクの端にぶつかった。

もう、下がれない。


「逃げ場、なくなっちゃったね」


彼は、そう言いながら、私の顔を覗き込むように上体を傾けた。

至近距離で見る顔は、反則的なくらい整っていて、思考が一瞬止まった。

香水なのか、それとも洗剤の匂いなのか、ふわりと甘い香りが鼻先をかすめる。

心臓が痛いくらいに鳴っていて、それが彼にまで聞こえているんじゃないかと思うと、余計に苦しくなった。


「な、なんで、こんなところまで来て」

「なんでだと思う?」


彼は、片手をデスクにつき、私を囲うようにして立った。

逃げ場は、完全になくなった。
< 53 / 59 >

この作品をシェア

pagetop