意地悪なボイスアクターの危険な執着愛から逃れたい

那原Side

那原は、収録スタジオでマイクの前に立っていた。

ガラス張りの窓の向こうでは、音響監督とスタッフたちが2列に並んで座り、真剣な表情でこちらを見つめている。

那原の隣では、茜が台本を片手にセリフを読んでいた。

愛君は乙女ゲームなので、主役はプレイヤーだが、アニメ版では茜がキャラクターを担当する。


『リーガル様! 今日は、ここにいて! 行かないでください!』


那原は、台本に視線を落としたまま、低く抑えた声で答える。


『そんなことを言われたら僕はキミに逆らえない』


スピーカーから、音響監督の声が響いた。


「はい、オッケーです」

「お疲れ様です」


那原は台本を閉じると、ガラスの向こうのスタッフに向かって、軽く会釈をした。

収録を終えた那原は、茜と話しながら、スタジオを出た。


「那原さん、この後って時間ある?」

「あ、今日はこの後、先約がありまして」

「そう……あ、そうだ」


茜はスマホを取り出しながら、少しもじもじした様子を見せた。


「これから、しばらくご一緒することになるので、連絡先、交換しない?」

「ああ、ごめんなさい」

「そろそろ良いでしょ? 私たち、付き合い長いんだし」


那原は、笑顔を崩さないまま、やんわりと言った。


「僕、仕事とプライベート、分けたいんです」

「あ、仕事のご連絡用に、ということで」

「スマホって、どうしてもプライベートなものに見えちゃうから。ごめんなさい」

「……そう」


茜は少し肩を落として、うつむいた。

那原は、そんな茜から視線を外すと、廊下をさりげなく見回した。

そして、少し離れたところに立っていたマネージャーの村田五郎(むらたごろう)の姿を見つける。


「あ、マネージャー。こっちです」


その一言に茜はハッとしたように顔を上げた。


「では、私はこれで」


そう言って茜は小走りに去っていった。

少し遅れて村田がやってくる。


「どうかしましたか?」

「もういいよ。ありがとう」

「え?」


那原は、それだけ言うと、すたすたとエレベーターの方へ歩き出した。

村田は慌ててロビーの椅子に置いてあった鞄を取ると、その後を追いかけた。
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