意地悪なボイスアクターの危険な執着愛から逃れたい
沈黙が、車内を満たしていた。

エンジンはかかっていない。狭い空間に、彼の匂いと、自分の心臓の音だけが響いている。


「……助けてくれてありがとうございます」


私は小さく呟いて、身体を起こそうとした。

けれど彼の手が私の手首を掴んで離さない。


「まだだよ」


低い声が、耳元で笑うように響いた。


「な、なんで」


彼の瞳が揺れた。

私はその瞳から目が離せなかった。


「……あの、そろそろ」


言葉を続けようとした瞬間、彼の手が私の顎に触れた。指先が、そっと持ち上げる。


「黙って」


その一言で、息が止まった。

逃げなきゃ、と思うのに、身体が動かない。


「……っ」


唇が重なった瞬間、頭の中が真っ白になった。

柔らかくて、でも有無を言わせない強さがあった。

私は、目を開けたまま、何が起きているのか理解できずにいた。

彼の手が、私の後頭部に回る。逃がさない、というように。

ようやく、その時になって私の脳は理解して逃げようとした。

しかしもがいても彼は私の後頭部を抑えつけて唇を離さない。


(なんで……)


思いっきり頭をふると、ようやく唇が離れた。

私はすぐさま、彼の手を振りほどく。

それでも車内は狭く、至近距離で彼は私の目をまっすぐに見つめていた。


「……逃げるなよ」


私は何も言えないまま、ただ彼を見つめ返すことしかできなかった。
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