意地悪なボイスアクターの危険な執着愛から逃れたい

那原Side

一方、同じ頃。

那原はタクシーの後部座席に座っていた。

隣には村田がいて今日のスケジュールを確認している。


「午前中は収録が1本。そのあと事務所に戻りまして、午後は――」

「うん」


那原は窓の外を眺めながら、適当に返事をした。

昨夜はよく眠れなかった。

理由はわかっている。

……いや、正確には理由を考えないようにしていた。

目を閉じると、昨日の紗枝の顔が浮かんだ。

驚いた顔。

怒った顔。

そして、困ったように目を逸らす顔。

那原は小さく息を吐いた。


「那原さん?」

「何?」

「聞いてますか?」

「聞いてるよ」

「午後のテレビ局ですが――」

「テレビ局?」


那原が反応すると、村田が手元のスケジュール表を見る。


「はい。昨日と同じ局です」

「何階?」

「10階の会議室で打ち合わせです」

「そう」


それだけ言って、那原はまた窓の外を見た。

しばらくしてから、村田が尋ねる。


「何かありました?」

「何が?」

「昨日も同じ局でしたよね。問題でも?」

「そうだね」

「え?」

「いや、なんでもないよ」


村田はそれ以上、聞かなかった。

那原は窓に映る自分の顔を見つめた。

そして、ほんの少し眉を寄せる。


(何階って、俺は何を聞いてるんだ)
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