触れられなくても、君がいい。
「夏帆」
「字は?」
「『夏』に、帆船の『帆』だよ」
それを聞いた彼は屈んで、手元に落ちていた流木の枝で、砂浜へ文字を書き始めた。
「こう?」
さらりと書いた『夏帆』を指差し、見上げてくる。
「そう」
「夏生まれ?」
「うん。誕生日、明日」
そう答えると、彼は「え、マジか」と素のトーンで驚き、笑った。
無邪気に覗かせた歯を見て、やっぱり同い年の男の子なんだと、少しほっとした。
「……そっちは? 名前」
「ワタル」
彼が『夏帆』の隣に『航』と書いた。
「へえっ。二人とも、船に関係ある名前だね」
「たしかに」
それから私たちは砂浜の上に座り、ぽつぽつと話をした。
お互いの家族構成のこと、住んでいる街のこと、学校のこと。
航が物静かだからか、聞き上手なのか。普段は聞き役に回ることの多い私が、不思議となんでも話すことができた。
波が引いては打ち寄せるリズムによく似た、初めて会ったばかりの男の子。
その隣は、ひどく居心地がよかった。
慌てた様子の父が探しに来るまでずっと、並んで海を眺めていた。
私が航を好きになったのは、必然だった。