触れられなくても、君がいい。 ――青くて甘い二人の遠距離ロマンス。

 カーラジオから、聴き覚えのある夏の歌が流れ出す。
 妻は「あ、これ」と目を細めた。

「航に片思いしてたとき、よく聴いてたんだよなあ」

 そして、小さく口ずさみ始める。

「……機嫌いいね」

「だって、会えたから。航が静かなだけ」

 少し不満げに、彼女は笑う。

 山を貫くトンネルを抜けると、視界がひらけ、海岸線に沿った道路へ出た。
 窓の外で、午後の光を弾く海が流れていく。

 隣で、大きなあくびが漏れた。

「最近、いくら寝ても眠くて眠くて……」

 つられて、俺の口からもあくびがこぼれる。
 それを見た妻は、可笑しそうに肩を揺らした。

「うつったんだよ」

 そう返すと、じっと見つめられる気配がした。

「なに?」

「航は……夜更かししてるからじゃないの?」

「え?」


「夜更かしして、昔の手紙読んでるんでしょ」


 その言葉に、ハンドルを握る手が僅かに強張った。

「…………」

 何も返せないでいると、彼女は呆れたように息を吐いた。


「もう……見ないでって、言ったのに。





 …………恥ずかしいから」


 隣に座る妻――夏帆は、拗ねたような声で抗議した。
< 226 / 242 >

この作品をシェア

pagetop