触れられなくても、君がいい。 ――青くて甘い二人の遠距離ロマンス。
カーラジオから、聴き覚えのある夏の歌が流れ出す。
妻は「あ、これ」と目を細めた。
「航に片思いしてたとき、よく聴いてたんだよなあ」
そして、小さく口ずさみ始める。
「……機嫌いいね」
「だって、会えたから。航が静かなだけ」
少し不満げに、彼女は笑う。
山を貫くトンネルを抜けると、視界がひらけ、海岸線に沿った道路へ出た。
窓の外で、午後の光を弾く海が流れていく。
隣で、大きなあくびが漏れた。
「最近、いくら寝ても眠くて眠くて……」
つられて、俺の口からもあくびがこぼれる。
それを見た妻は、可笑しそうに肩を揺らした。
「うつったんだよ」
そう返すと、じっと見つめられる気配がした。
「なに?」
「航は……夜更かししてるからじゃないの?」
「え?」
「夜更かしして、昔の手紙読んでるんでしょ」
その言葉に、ハンドルを握る手が僅かに強張った。
「…………」
何も返せないでいると、彼女は呆れたように息を吐いた。
「もう……見ないでって、言ったのに。
…………恥ずかしいから」
隣に座る妻――夏帆は、拗ねたような声で抗議した。