触れられなくても、君がいい。 ――青くて甘い二人の遠距離ロマンス。
大きな会社には、やりがいのある仕事が溢れているだろう。
夏帆は、そちらへ傾いていくのではないか。
この湾を出ていく船のように、もっと広い世界へ漕ぎ出してしまうのではないか。
そのときが来たら――俺たちは夫婦でいられなくなるのではないか。
二人で東京へ出ることを考えなかったわけではない。
けれど、忙しない都会で働く彼女は、ここに帰ってくるといつも、少女のように表情を綻ばせる。
ならば、俺がいるべき場所は決まっていたのだ。
『遠距離なんて、絶対しんどいじゃん』
十五歳の夏、東京駅で吐き出したあの本音は、三十になった今も、たいして変わっていない。
ただ、懸命に飲み込もうとしているだけだ。
ちらりと見やると、夏帆はまたあくびをしていた。
「寝とけば? まあ、もうすぐ着いちゃうけど」
「うん……」
窓の外を流れる海に目を細めながら、彼女は気怠げに呟いた。