初めて聞いた音
第11話 「音の始まり」

ガラガラ。

教室の扉が開く。

「あっ。」

思わず足を止めた。

そこには、

晴先輩

美月先輩

透先輩

そして信先輩が立っていた。

「え?」

「先輩たち、なんでここにいるんですか?」

晴先輩はにやっと笑う。

「鈴ちゃん。」

「文化祭、出ない?」

「……え?」

私は目をぱちぱちと瞬かせる。

「私が……ですか?」

「そう!」

「せっかく入部したんだから、一緒に出ようよ!」

突然の誘いに、頭が追いつかない。

その時。

「すー?」

隣にいた悠が不思議そうに私を見る。

「誰なん?」

「あっ。」

私は慌てて振り返る。

「軽音部の先輩たちだよ。」

「え?」

悠は先輩たちを見て目を丸くした。

「軽音部の……先輩達?」

「へぇー。」

悠は私の前へ一歩出る。

「でも。」

「今は、すーは渡しませんから!」

「え?」

私はきょとんと首を傾げる。

「何言ってるの?悠。」

「いやぁ。」

晴先輩はニヤニヤしながら腕を組む。

「お昼にナンパするつもりだったのになぁ。」

「晴先輩。」

信先輩は呆れたようにため息をつく。

「変なこと言わなくていいんですよ。」

「はぁ!?」

悠は勢いよく晴先輩を指差した。

「すーをナンパ!?」

「舐めてますか!?」

「ほらぁ。」

晴先輩は信先輩を見て肩をすくめる。

「黒川の番犬、登場しちゃったじゃん。」

「俺は犬じゃないです!」

悠は顔を真っ赤にして反論する。

教室中からクスクスと笑い声が聞こえた。

「と、とりあえず。」

私は慌てて二人の間へ入る。

「場所、移しましょう!」

それでも悠はまだ頬を膨らませている。

「悠。」

私は困ったように笑う。

「威嚇しないで。」

「お昼ご飯なら、いつでも一緒に食べられるでしょ?」

「今日だけ、許して?」

「……。」

悠は少し考え込む。

やがて、ぷいっと顔を逸らした。

「いいし!」

「俺には茜がおるから!」

「えっ?」

突然名前を呼ばれた早乙女くんは目をぱちぱちと瞬かせる。

「僕?」

「そうや!」

「今日は茜と食べる!」

「じゃあ行こ、茜!」

悠は早乙女くんの腕を引っ張って教室を出て行く。

「あ、ちょっ……藤原くん!」

その後ろ姿を見送りながら、私は思わず笑ってしまった。

「じゃあ。」

晴先輩はにやりと笑った。

「秘密の場所、行こっか。」

「秘密の場所?」

私は首を傾げながら、先輩たちの後ろをついて行く。

階段を一段、また一段と上り。

たどり着いたのは、屋上へ続く扉だった。

「じゃじゃーん!」

晴先輩は得意げに両手を広げる。

「屋上でーす!」

「お、屋上って……。」

私は扉と晴先輩を交互に見る。

「立ち入り禁止ですよね?」

「え?」

晴先輩は悪びれる様子もなく笑う。

「うん!」

「立ち入り禁止!」

「じゃあ、なんで鍵持ってるんですか?」

「それは秘密〜♪」

晴先輩が口笛でも吹きそうな勢いで笑う。

すると。

「秘密じゃねぇよ。」

信先輩が呆れたように口を開いた。

「軽音部の前の先輩たちが合鍵作ってさ。」

「卒業する時に、代々渡してるんだよ。」

「えっ?」

私は思わず目を丸くする。

「そ、それって……。」

「犯罪じゃないですか!?」

「「……。」」

一瞬、屋上が静まり返る。

「た、確かに。」

美月先輩が苦笑いを浮かべる。

「言われてみればそうかも。」

「いやいや!」

晴先輩は慌てて両手を振った。

「悪いことには使ってないから!」

「そういう問題ですか……?」

私は思わず頭を抱えた。

「返した方がいいな。」

透先輩が静かに呟く。

「そうだけどぉー。」

晴先輩は屋上へ寝転びながら笑う。

「男のロマンじゃん!」

「私、女の子なので。」

私は真顔で返した。

「ぐっ……。」

晴先輩は胸を押さえる。

「鈴ちゃん、意外と容赦ない。」

部室のみんなが小さく笑った。

「まぁまぁ。」

晴先輩は気を取り直すように立ち上がる。

「顧問の先生もこのこと知ってて黙ってるし!」

「無問題!」

「いや。」

「問題だらけですよ。」

私は思わずツッコむ。

「ふふっ。」

美月先輩は笑いながら私の肩を軽く叩いた。

「そのうち慣れるよ。」

「鈴ちゃんも。」

「慣れたくないです……。」

みんなが笑う中、お昼ご飯を広げ、それぞれ食べ始めた。

少し風が吹き、屋上は心地よい空気に包まれる。

「で、鈴ちゃん。」

晴先輩がおにぎりを頬張りながら口を開く。

「さっきの話に戻るんだけど。」

「犯罪の話ですか?」

「違うよ!」

晴先輩は思わず立ち上がる。

「しかも聞こえ悪いな!」

「文化祭の話!」

「あっ。」

私は小さく頷く。

「文化祭って秋ですよね?」

「まだ梅雨も始まってないですよ?」

「そうなんだけどさぁ。」

晴先輩は信先輩の方を見た。

「もう信、説明してあげてよ。」

信先輩は少し呆れたようにため息をつく。

「軽音部はな。」

「この時期から決めていかないと間に合わないんだよ。」

「文化祭だけじゃなくて、夏休みも練習あるし。」

「うちの寮の防音室使って練習するのが毎年の定番だな。」

「へぇ。」

私は思わず声を漏らした。

「曲とかも、一から作るんですか?」

「それもあり。」

信先輩が答える。

「オリジナルを作るバンドもあるし。」

「有名なバンドの曲をコピーするところもある。」

「どっちにするかは。」

晴先輩が笑って続ける。

「おいおい決めるかな!」

「なるほど。」

私は頷きながら、少しだけ胸が高鳴った。

文化祭。

みんなと同じステージに立つ日が、本当に来るのかもしれない。

「あっ。」

私はふと思い出した。

「夏休み。」

「お兄ちゃんと悠の試合ある。」

「あー。」

晴先輩は納得したように頷く。

「確かに、毎年めっちゃ被るな。」

「しかも。」

私は少し笑う。

「お兄ちゃん、今年で最後だし。」

「鈴ちゃん。」

晴先輩がにやっと笑う。

「本当に蓮のこと好きだねぇ。」

「はい。」

私は迷わず頷いた。

「毎年、試合見に行ってたんです。」

「へぇ。」

晴先輩は少し考えるように空を見上げる。

「じゃあ。」

「俺とも、どっかで会ってたりしてな。」

冗談っぽく笑う。

その瞬間。

去年の夏。

体育館の外。

風に乗って聞こえてきた、あのギターの音。

肩を揺らしながら楽しそうに弾く、信先輩の後ろ姿。

(……そうだ。)

私は小さく笑う。

「そうかもしれないですね。」

そう言って、ちらりと信先輩を見る。

少しだけ。

まだ目が赤かった。

「信先輩。」

「ん?」

「目、もう大丈夫ですか?」

信先輩は自分の目元へ手をやる。

「まだ腫れてるか?」

「はい。」

「少しだけ。」

「えぇー?」

晴先輩が身を乗り出した。

「何なに?」

「信ちゃん泣いたのぉ?」

「……。」

信先輩は呆れたようにため息をつく。

「ウザいっす。」

「晴先輩。」

その一言に、屋上は笑い声に包まれた。

「そういえば。」

信先輩が私を見る。

「黒川。」

「なんですか?」

「部活届、出したか?」

「あっ。」

私は慌ててカバンを開く。

「まだ先生の印もらってないです。」

「えぇー!」

晴先輩が大げさに声を上げた。

「今何分?」

美月先輩が時計を見る。

「十五分。」

「あと十分ある!」

晴先輩は勢いよく立ち上がる。

「みんな!」

「職員室行くぞ!」

「えっ、みんなでですか?」

「当たり前じゃん!」

「鈴ちゃんの入部届だよ!」

みんなで急いでお弁当を片付けると、そのまま職員室へ向かった。

コンコン。

「失礼します。」

私は扉を開ける。

「橘先生、いますか?」

その名前を聞いた晴先輩が目を丸くした。

「えっ?」

「担任って、はるちゃんなの?」

「え?」

私は首を傾げる。

「はるちゃん?」

「橘遥。」

「だから、はるちゃん。」

「なるほど……。」

「おーい。」

奥から気だるそうな声が聞こえた。

「どうした、黒川。」

「はるちゃーん!」

晴先輩が大きく手を振る。

「印鑑押してー!」

先生は私たちを見るなり顔をしかめた。

「げ。」

「一ノ瀬と……その他。」

「ちょっとぉー!」

美月先輩がすぐにツッコむ。

「その他って何よぉ!」

「まとめた方が早い。」

先生は真顔で答えた。

「ひどっ!」

私は思わず苦笑する。

「あの。」

「橘先生。」

「部活届の印鑑をもらいに来ました。」

「あー。」

「はいはい。」

先生は立ち上がる。

髪はぼさぼさ。

髭も伸びっぱなし。

ジャージ姿のまま、のんびりこちらへ歩いてくる。

「黒川。」

「軽音部入るのか?」

「はい。」

先生は少しだけ私を見つめると、小さく笑った。

「はぁー。」

「マジか。」

「お前は染まるなよ。」

「軽音部に。」

「え?」

意味が分からず首を傾げる。

先生は何も答えず、印鑑を取り出す。

ポン。

部活届へ判子を押した。

「はい。」

先生はそのまま紙を受け取る。

「先生。」

「これって顧問の先生に渡せばいいんですよね?」

「あー。」

「そうそう。」

先生は当たり前のように頷く。

「だから俺が預かる。」

「……え?」

私は目を丸くした。

その横で晴先輩が笑う。

「言ってなかったっけ?」

「はるちゃん。」

「軽音部の顧問だよ。」

「えぇぇぇぇ!?」

「てか、お前ら。」

橘先生は呆れたように頭をかいた。

「『はるちゃん』じゃなくて、『橘先生』って呼べ。」

「えー。」

晴先輩はにやにや笑う。

「だって。」

「はるちゃんは、はるちゃんだもーん。」

「ったく……。」

橘先生は大きくため息をついた。

「とりあえず。」

先生は私を見る。

「黒川。」

「今日から正式に軽音部の一員な。」

「あっ。」

私は思わず笑顔になる。

「はい!」

「よし。」

橘先生は手をひらひら振った。

「お前ら。」

「そろそろ午後の授業始まるぞ。」

「さっさと自分たちの住処に帰れ。」

「はるちゃーん。」

晴先輩は笑いながら振り返る。

「そこは『教室』って言えばいいのにぃー。」

「いいから行け!」

「はーい!」

先輩たちは笑いながら職員室を出ていく。

「あっ、そうだ!」

晴先輩が急に立ち止まった。

「鈴ちゃんの連絡先、まだ持ってなかった!」

「え?」

「今ですか?」

私は時計を見る。

「もう時間ないですよ?」

「じゃあ。」

晴先輩は親指を立てる。

「放課後やろー!」

そう言うと、美月先輩たちと一緒に走って行った。

「おい。」

後ろから声がする。

振り返ると、まだ信先輩だけが残っていた。

「はい?」

信先輩はスマホを取り出す。

「先に俺の連絡先、渡しとく。」

「何かあったら連絡しろ。」

「……はい。」

私はスマホを取り出し、信先輩と連絡先を交換した。

「ありがとうございます。」

「じゃ。」

信先輩は小さく手を上げる。

「また放課後。」

そう言って教室へ戻っていった。

私も慌てて教室へ戻る。

ガラガラ。

教室へ入ると。

悠は腕を組んだまま、まだ不貞腐れていた。

「最近。」

悠はぷいっと顔を逸らす。

「すー、全然構ってくれん。」

「もう知らん!」

「えぇ?」

私は苦笑しながら悠を見る。

「そんなことないよ?」

その様子を見ていた早乙女くんが小さく笑った。

「藤原くん。」

「嫉妬しちゃった?」

「ちゃうし!」

悠は勢いよく立ち上がる。

「信先輩ばっかり構ってる、すーに怒っとるだけやし!」

「ご、ごめんって。」

私は申し訳なさそうに笑う。

「部活落ち着いたら、また一緒に帰ろ?」

「……。」

悠はしばらく黙っていたが、小さくため息をつく。

「約束やで。」

「うん!」

私は笑顔で頷いた。

その約束に、悠も少しだけ笑った。

そんな話をしていると。

キーンコーンカーンコーン。

午後の授業を知らせるチャイムが鳴り響いた。

「やばっ。」

悠は慌てて席へ戻る。

私も急いで席に着き、午後の授業が始まった。

時間はあっという間に過ぎていく。

そして。

キーンコーンカーンコーン。

終業のチャイムが校内に響いた。

「ふぅー。」

私は大きく伸びをする。

「悠。」

「今日も部活?」

「おん。」

悠はカバンを肩に掛けながら頷く。

「今日も部活やで。」

「そっか。」

私は笑顔で手を振る。

「頑張ってね。」

「おう!」

その時だった。

ガラガラ。

教室の扉が開く。

「黒川。」

聞き慣れた声に振り返る。

「行くぞ。」

信先輩だった。

「え?」

私は目を丸くする。

「信先輩。」

「一人で行けますよ?」

「……。」

信先輩は少しだけ目を逸らす。

「たまたまだよ。」

「え?」

「俺も今、部室行くとこだったから。」

私は思わず笑ってしまう。

「分かりました。」

「じゃあ、一緒に行きます。」

「おう。」

私はカバンを持つと教室を出た。

「またね。」

「悠。」

「早乙女くん。」

「またな!」

「また明日。」

二人に手を振り、私は信先輩と並んで部室へ向かった。
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