初めて聞いた音
第7話 「今の音」
翌朝。
「……よし。」
私は布団から勢いよく起き上がる。
「今日こそ、ちゃんと謝ろう。」
昨日は勢いで言い過ぎてしまった。
きっと信先輩も嫌な気持ちになったはずだ。
ちゃんと謝って、自分の気持ちも伝えよう。
そう心に決めて制服へ着替え、食堂へ向かった。
「すー!」
食堂へ入るなり、悠が大きく手を振る。
「昨日、俺ら帰ってくる前に寝たらしいやん!」
「あ……ごめん。」
私は苦笑いを浮かべる。
「ちょっと色々あって。」
「なんかあったんか?」
悠より先に、蓮にぃが心配そうな顔で聞いてきた。
「ううん。」
「大したことじゃないよ。」
「……多分。」
「多分ってなんだよ。」
蓮は呆れたように笑う。
その時。
「鈴、おはよう。」
佳代さんが朝ご飯を運びながら声をかけてきた。
「佳代さん、おはようございます。」
「鈴。」
佳代さんは何気ない様子で言う。
「信なら、もう学校へ行ったよ。」
「え?」
思わず顔を上げる。
「鈴。」
蓮が不思議そうに首を傾げた。
「信となんかあったのか?」
「えっ、いや!」
「ちょっと……言い過ぎちゃっただけ。」
「だから謝りたくて。」
そう言うと、私は朝ご飯もそこそこに席を立つ。
「わ、私は先に学校行くね!」
「えっ!」
「すー!待ってや!」
悠の声を背中で聞きながら、私は寮を飛び出した。
急ぎ足で学校へ向かう。
信先輩がいる場所なんて、一つしか思い浮かばなかった。
軽音部の部室。
「はぁ……。」
「はぁ……。」
走ってきたせいで息が切れる。
部室の前で一度大きく深呼吸をした。
「ふぅ……。」
大丈夫。
ちゃんと謝ろう。
私は意を決して、扉へ手をかけた。
ガラガラ。
「……あ。」
扉の音に反応して、一人の先輩がゆっくり振り返る。
信先輩だった。
胸がドクンと大きく鳴る。
「あの……。」
私は深く頭を下げた。
「昨日は、ごめんなさい。」
信先輩は、どこか泣きそうな目をしていた。
「え……。」
思わず息をのむ。
「せ、先輩?」
「大丈夫ですか……?」
返事がない。
「やっぱり……昨日のこと、許してもらえないですよね。」
私は慌てて言葉を続けた。
「違う。」
信先輩は小さく首を横に振る。
「知ってる奴の声がしただけだ。」
「振り返ったら、お前だった。」
「あ……。」
私は少しだけ安心して胸をなで下ろした。
「そう……なんですね。」
気まずい沈黙が流れる。
部室には、朝の静かな空気だけが漂っていた。
私はもう一度、信先輩へ向き直る。
「昨日は、本当にごめんなさい。」
「私、何も知らないのに、勝手なこと言っちゃって……。」
信先輩は何も答えず、ただ静かに私を見つめていた。
信先輩は小さく息を吐いた。
「別に謝んな。」
「……俺も悪かったから。」
「先輩……。」
私は少しだけ安心して笑った。
「じゃあ。」
「ん?」
「ちょっとだけ弾いてください。」
信先輩は眉をひそめる。
「……は?」
「私の好きなもの、馬鹿にした罰です!」
胸を張ってそう言うと、信先輩は呆れたように笑った。
「お前……調子乗んなよ。」
「す、すみませんでした。」
反射的に頭を下げる。
その様子がおかしかったのか。
「……ふっ。」
信先輩が小さく笑った。
「え?」
「くくっ……。」
気づけば私もつられて笑っていた。
静かだった部室に、小さな笑い声が響く。
「たく。」
信先輩は苦笑しながらギターケースへ手を伸ばいた。
「ちょっとだけな。」
「昨日のお詫びだ。」
「えっ!」
思わず顔が明るくなる。
「いいんですか!?」
「……言ってみるもんですね!」
「調子乗るな。」
「はい!」
そう返事をすると、信先輩は苦笑いを浮かべながらギターケースを開いた。
中から大切そうにギターを取り出し、静かにチューニングを始めた。
私はその様子を、ただ黙って見つめていた。
「……よし。」
信先輩は小さく頷く。
そして私を見ると、少し照れくさそうに笑った。
「何がいい?」
「え?」
突然聞かれ、少しだけ考える。
「先輩の。」
「……?」
「今、弾きたい音が聴きたいです。」
その言葉に、信先輩は目をまん丸にして私を見つめた。
「今……弾きたい音?」
「はい。」
私はゆっくり頷く。
「先輩が今、一番弾きたい曲が聴きたいです。」
信先輩はしばらく何も言わなかった。
やがて何かを思い出したように、小さく笑う。
「……変なやつ。」
そう呟くと、ギターを抱えた。
部室に、一本の音が響く。
優しくて。
どこか切なくて。
それでいて、少しだけ前を向いているような音だった。
私は曲名なんて知らない。
でも、不思議と耳を離したくなかった。
窓から差し込む朝日。
静かな部室。
聞こえてくるのは、信先輩のギターだけ。
まるで今この世界には、私と信先輩しかいない。
そんな気さえする、音だった。
気づけば私は、その音に耳を委ねていた。
優しく流れるギターの音色。
切ないのに、どこか温かい。
私は曲名も知らない。
歌詞があるのかさえ分からない。
それでも、不思議と口ずさみたくなった。
「~♪」
小さく、小さく。
気づかないくらいの鼻歌。
やがて。
ギターの音が静かに止まる。
「……。」
「あ。」
私は首を傾げた。
「先輩?」
信先輩はじっと私を見つめていた。
「お前。」
「歌、上手いな。」
「え?」
思わず目を丸くする。
「わ、私、歌ってました?」
「鼻歌だけどな。」
信先輩は少しだけ口元を緩める。
「そ、それだけで上手い下手なんて分からないじゃないですか!」
私は慌てて両手を振った。
すると信先輩は小さく笑う。
「分かる。」
「え?」
「長く音楽やってると、それくらい分かる。」
「声の出し方。」
「音の取り方。」
「リズム。」
「全部、無意識に出る。」
私は思わず黙り込んだ。
そんなこと、考えたこともなかったから。
信先輩はギターを抱えたまま、小さく笑う。
「軽音部。」
「入ればいいじゃん。」
その一言に、胸がドクンと大きく鳴った。
「信先輩。」
私は少しだけ笑った。
「信先輩が誘ったってことは。」
「今日から、ここに来てくれるってことでいいですか?」
信先輩は少しだけ目を逸らす。
「……多分な。」
「多分なら十分です!」
思わず笑顔になる。
その瞬間だった。
ガラガラッ!!
勢いよく部室の扉が開いた。
「やっぱり!」
「信か!」
そこには、肩で息をする晴先輩が立っていた。
「えっ!?」
あまりの勢いに驚き、私はその場で尻もちをついてしまう。
「あっ!」
「ごめん、ごめん!」
晴先輩は慌てて頭をかく。
「昨日も同じことやっちゃったね。」
「大丈夫か?」
信先輩がすぐに私の前へしゃがみ込み、手を差し伸べてくれた。
「立てるか?」
「あ……はい!」
私はその手を借りて立ち上がる。
「ありがとうございます。」
「晴先輩。」
信先輩は呆れたようにため息をついた。
「驚かすなよ。」
「そんなことより!」
晴先輩は信先輩のギターを指差した。
「お前……。」
「弾いたな。」
少しだけ沈黙が流れる。
「あぁ。」
信先輩は静かに頷いた。
「弾いた。」
「えっ……。」
晴先輩は目を丸くする。
私は慌てて一歩前へ出た。
「あ、あの!」
「私が無理言って弾いてもらったんです!」
「え?」
晴先輩は驚いた表情で私を見る。
「鈴ちゃんが?」
「信にギター弾かせたの?」
部室に、しばらく驚いたような空気が流れた。
「すごいじゃん!」
晴先輩は目を輝かせながら私を見た。
「鈴ちゃん!」
「俺らですら無理だったのに!」
「どんな脅し方したの?」
「お、脅してないです!」
私は慌てて両手を振る。
すると。
「脅された。」
信先輩が真顔でぽつりと言った。
「えっ!?」
思わず信先輩を見る。
「せ、先輩まで!」
「やめてください!」
私は顔を真っ赤にして抗議する。
「ふっ。」
信先輩が小さく笑った。
「はははは!」
晴先輩はお腹を抱えて笑い出す。
「信が冗談言った!」
「珍しっ!」
「うるせぇ。」
信先輩は照れくさそうに顔を逸らした。
私はそんな二人を見て、思わず笑ってしまう。
部室には、明るい笑い声が響いていた。
そんな話をしていると。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが校内に響いた。
「あっ、時間だ!」
晴先輩は時計を見る。
「鈴ちゃん!」
「信!」
「また放課後、軽音部来てね!」
そして信先輩を指差す。
「特に信な!」
「分かってますよ。」
信先輩は苦笑しながら答えた。
「今日は行きます。」
「……。」
晴先輩は目をぱちぱちと瞬かせる。
ゆっくりと信先輩へ近づくと、おでこへ手を伸ばした。
「信。」
「お前、熱でも出たか?」
「出てないっすよ。」
信先輩はその手を軽く払いのける。
「ははっ!」
「なら安心した!」
晴先輩は満足そうに笑う。
「とりあえず、また放課後な!」
そう言って部室を飛び出していった。
部室には私と信先輩だけが残る。
「あっ。」
私も時計を見て慌てた。
「私も行かないと!」
「悠がうるさいので。」
信先輩は小さく笑う。
「それは想像つく。」
「先輩。」
私は軽く頭を下げた。
「今日は弾いてくれて、ありがとうございました。」
「あと……。」
「放課後も、ここにいてくださいね。」
「……分かったよ。」
信先輩は短く頷いた。
すると何かを思い出したように私を見る。
「そういや。」
「お前、自分の教室分かるか?」
「……。」
私は静かに目を逸らした。
「分からないです……。」
「やっぱりな。」
信先輩は呆れたように笑う。
「すみません。」
「案内、お願いしてもいいですか?」
「たく。」
「しょうがねぇな。」
そう言って信先輩は歩き出した。
私はその後ろを小走りで追いかける。
教室までの道。
お兄ちゃんの話。
晴先輩の話。
他愛もない話をしながら歩いていると、信先輩がふと口を開いた。
「そういや。」
「お前、なんでそこまで俺の音にこだわるんだ?」
私は少しだけ笑う。
「秘密です。」
「……変なやつ。」
信先輩は苦笑しながら前を向く。
私もその背中を見つめ、小さく笑った。
そんな話をしているうちに、長い廊下もあっという間だった。
「ほら。」
信先輩が立ち止まる。
「着いたぞ。」
「あっ!」
私は教室のプレートを見上げる。
「本当だ。」
「ありがとうございます!」
自然と笑顔がこぼれた。
信先輩は小さく手を振ると、そのまま自分の教室へ歩いていく。
私はその背中が見えなくなるまで、しばらくその場に立っていた。
放課後が、少しだけ楽しみになっていた。
翌朝。
「……よし。」
私は布団から勢いよく起き上がる。
「今日こそ、ちゃんと謝ろう。」
昨日は勢いで言い過ぎてしまった。
きっと信先輩も嫌な気持ちになったはずだ。
ちゃんと謝って、自分の気持ちも伝えよう。
そう心に決めて制服へ着替え、食堂へ向かった。
「すー!」
食堂へ入るなり、悠が大きく手を振る。
「昨日、俺ら帰ってくる前に寝たらしいやん!」
「あ……ごめん。」
私は苦笑いを浮かべる。
「ちょっと色々あって。」
「なんかあったんか?」
悠より先に、蓮にぃが心配そうな顔で聞いてきた。
「ううん。」
「大したことじゃないよ。」
「……多分。」
「多分ってなんだよ。」
蓮は呆れたように笑う。
その時。
「鈴、おはよう。」
佳代さんが朝ご飯を運びながら声をかけてきた。
「佳代さん、おはようございます。」
「鈴。」
佳代さんは何気ない様子で言う。
「信なら、もう学校へ行ったよ。」
「え?」
思わず顔を上げる。
「鈴。」
蓮が不思議そうに首を傾げた。
「信となんかあったのか?」
「えっ、いや!」
「ちょっと……言い過ぎちゃっただけ。」
「だから謝りたくて。」
そう言うと、私は朝ご飯もそこそこに席を立つ。
「わ、私は先に学校行くね!」
「えっ!」
「すー!待ってや!」
悠の声を背中で聞きながら、私は寮を飛び出した。
急ぎ足で学校へ向かう。
信先輩がいる場所なんて、一つしか思い浮かばなかった。
軽音部の部室。
「はぁ……。」
「はぁ……。」
走ってきたせいで息が切れる。
部室の前で一度大きく深呼吸をした。
「ふぅ……。」
大丈夫。
ちゃんと謝ろう。
私は意を決して、扉へ手をかけた。
ガラガラ。
「……あ。」
扉の音に反応して、一人の先輩がゆっくり振り返る。
信先輩だった。
胸がドクンと大きく鳴る。
「あの……。」
私は深く頭を下げた。
「昨日は、ごめんなさい。」
信先輩は、どこか泣きそうな目をしていた。
「え……。」
思わず息をのむ。
「せ、先輩?」
「大丈夫ですか……?」
返事がない。
「やっぱり……昨日のこと、許してもらえないですよね。」
私は慌てて言葉を続けた。
「違う。」
信先輩は小さく首を横に振る。
「知ってる奴の声がしただけだ。」
「振り返ったら、お前だった。」
「あ……。」
私は少しだけ安心して胸をなで下ろした。
「そう……なんですね。」
気まずい沈黙が流れる。
部室には、朝の静かな空気だけが漂っていた。
私はもう一度、信先輩へ向き直る。
「昨日は、本当にごめんなさい。」
「私、何も知らないのに、勝手なこと言っちゃって……。」
信先輩は何も答えず、ただ静かに私を見つめていた。
信先輩は小さく息を吐いた。
「別に謝んな。」
「……俺も悪かったから。」
「先輩……。」
私は少しだけ安心して笑った。
「じゃあ。」
「ん?」
「ちょっとだけ弾いてください。」
信先輩は眉をひそめる。
「……は?」
「私の好きなもの、馬鹿にした罰です!」
胸を張ってそう言うと、信先輩は呆れたように笑った。
「お前……調子乗んなよ。」
「す、すみませんでした。」
反射的に頭を下げる。
その様子がおかしかったのか。
「……ふっ。」
信先輩が小さく笑った。
「え?」
「くくっ……。」
気づけば私もつられて笑っていた。
静かだった部室に、小さな笑い声が響く。
「たく。」
信先輩は苦笑しながらギターケースへ手を伸ばいた。
「ちょっとだけな。」
「昨日のお詫びだ。」
「えっ!」
思わず顔が明るくなる。
「いいんですか!?」
「……言ってみるもんですね!」
「調子乗るな。」
「はい!」
そう返事をすると、信先輩は苦笑いを浮かべながらギターケースを開いた。
中から大切そうにギターを取り出し、静かにチューニングを始めた。
私はその様子を、ただ黙って見つめていた。
「……よし。」
信先輩は小さく頷く。
そして私を見ると、少し照れくさそうに笑った。
「何がいい?」
「え?」
突然聞かれ、少しだけ考える。
「先輩の。」
「……?」
「今、弾きたい音が聴きたいです。」
その言葉に、信先輩は目をまん丸にして私を見つめた。
「今……弾きたい音?」
「はい。」
私はゆっくり頷く。
「先輩が今、一番弾きたい曲が聴きたいです。」
信先輩はしばらく何も言わなかった。
やがて何かを思い出したように、小さく笑う。
「……変なやつ。」
そう呟くと、ギターを抱えた。
部室に、一本の音が響く。
優しくて。
どこか切なくて。
それでいて、少しだけ前を向いているような音だった。
私は曲名なんて知らない。
でも、不思議と耳を離したくなかった。
窓から差し込む朝日。
静かな部室。
聞こえてくるのは、信先輩のギターだけ。
まるで今この世界には、私と信先輩しかいない。
そんな気さえする、音だった。
気づけば私は、その音に耳を委ねていた。
優しく流れるギターの音色。
切ないのに、どこか温かい。
私は曲名も知らない。
歌詞があるのかさえ分からない。
それでも、不思議と口ずさみたくなった。
「~♪」
小さく、小さく。
気づかないくらいの鼻歌。
やがて。
ギターの音が静かに止まる。
「……。」
「あ。」
私は首を傾げた。
「先輩?」
信先輩はじっと私を見つめていた。
「お前。」
「歌、上手いな。」
「え?」
思わず目を丸くする。
「わ、私、歌ってました?」
「鼻歌だけどな。」
信先輩は少しだけ口元を緩める。
「そ、それだけで上手い下手なんて分からないじゃないですか!」
私は慌てて両手を振った。
すると信先輩は小さく笑う。
「分かる。」
「え?」
「長く音楽やってると、それくらい分かる。」
「声の出し方。」
「音の取り方。」
「リズム。」
「全部、無意識に出る。」
私は思わず黙り込んだ。
そんなこと、考えたこともなかったから。
信先輩はギターを抱えたまま、小さく笑う。
「軽音部。」
「入ればいいじゃん。」
その一言に、胸がドクンと大きく鳴った。
「信先輩。」
私は少しだけ笑った。
「信先輩が誘ったってことは。」
「今日から、ここに来てくれるってことでいいですか?」
信先輩は少しだけ目を逸らす。
「……多分な。」
「多分なら十分です!」
思わず笑顔になる。
その瞬間だった。
ガラガラッ!!
勢いよく部室の扉が開いた。
「やっぱり!」
「信か!」
そこには、肩で息をする晴先輩が立っていた。
「えっ!?」
あまりの勢いに驚き、私はその場で尻もちをついてしまう。
「あっ!」
「ごめん、ごめん!」
晴先輩は慌てて頭をかく。
「昨日も同じことやっちゃったね。」
「大丈夫か?」
信先輩がすぐに私の前へしゃがみ込み、手を差し伸べてくれた。
「立てるか?」
「あ……はい!」
私はその手を借りて立ち上がる。
「ありがとうございます。」
「晴先輩。」
信先輩は呆れたようにため息をついた。
「驚かすなよ。」
「そんなことより!」
晴先輩は信先輩のギターを指差した。
「お前……。」
「弾いたな。」
少しだけ沈黙が流れる。
「あぁ。」
信先輩は静かに頷いた。
「弾いた。」
「えっ……。」
晴先輩は目を丸くする。
私は慌てて一歩前へ出た。
「あ、あの!」
「私が無理言って弾いてもらったんです!」
「え?」
晴先輩は驚いた表情で私を見る。
「鈴ちゃんが?」
「信にギター弾かせたの?」
部室に、しばらく驚いたような空気が流れた。
「すごいじゃん!」
晴先輩は目を輝かせながら私を見た。
「鈴ちゃん!」
「俺らですら無理だったのに!」
「どんな脅し方したの?」
「お、脅してないです!」
私は慌てて両手を振る。
すると。
「脅された。」
信先輩が真顔でぽつりと言った。
「えっ!?」
思わず信先輩を見る。
「せ、先輩まで!」
「やめてください!」
私は顔を真っ赤にして抗議する。
「ふっ。」
信先輩が小さく笑った。
「はははは!」
晴先輩はお腹を抱えて笑い出す。
「信が冗談言った!」
「珍しっ!」
「うるせぇ。」
信先輩は照れくさそうに顔を逸らした。
私はそんな二人を見て、思わず笑ってしまう。
部室には、明るい笑い声が響いていた。
そんな話をしていると。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが校内に響いた。
「あっ、時間だ!」
晴先輩は時計を見る。
「鈴ちゃん!」
「信!」
「また放課後、軽音部来てね!」
そして信先輩を指差す。
「特に信な!」
「分かってますよ。」
信先輩は苦笑しながら答えた。
「今日は行きます。」
「……。」
晴先輩は目をぱちぱちと瞬かせる。
ゆっくりと信先輩へ近づくと、おでこへ手を伸ばした。
「信。」
「お前、熱でも出たか?」
「出てないっすよ。」
信先輩はその手を軽く払いのける。
「ははっ!」
「なら安心した!」
晴先輩は満足そうに笑う。
「とりあえず、また放課後な!」
そう言って部室を飛び出していった。
部室には私と信先輩だけが残る。
「あっ。」
私も時計を見て慌てた。
「私も行かないと!」
「悠がうるさいので。」
信先輩は小さく笑う。
「それは想像つく。」
「先輩。」
私は軽く頭を下げた。
「今日は弾いてくれて、ありがとうございました。」
「あと……。」
「放課後も、ここにいてくださいね。」
「……分かったよ。」
信先輩は短く頷いた。
すると何かを思い出したように私を見る。
「そういや。」
「お前、自分の教室分かるか?」
「……。」
私は静かに目を逸らした。
「分からないです……。」
「やっぱりな。」
信先輩は呆れたように笑う。
「すみません。」
「案内、お願いしてもいいですか?」
「たく。」
「しょうがねぇな。」
そう言って信先輩は歩き出した。
私はその後ろを小走りで追いかける。
教室までの道。
お兄ちゃんの話。
晴先輩の話。
他愛もない話をしながら歩いていると、信先輩がふと口を開いた。
「そういや。」
「お前、なんでそこまで俺の音にこだわるんだ?」
私は少しだけ笑う。
「秘密です。」
「……変なやつ。」
信先輩は苦笑しながら前を向く。
私もその背中を見つめ、小さく笑った。
そんな話をしているうちに、長い廊下もあっという間だった。
「ほら。」
信先輩が立ち止まる。
「着いたぞ。」
「あっ!」
私は教室のプレートを見上げる。
「本当だ。」
「ありがとうございます!」
自然と笑顔がこぼれた。
信先輩は小さく手を振ると、そのまま自分の教室へ歩いていく。
私はその背中が見えなくなるまで、しばらくその場に立っていた。
放課後が、少しだけ楽しみになっていた。