恋を知らないきみへ
「……すみません。出ます」

先に降りた木ノ下くんを追いかけるように、私も降りる。

振り向かないようにしていたのに、後ろからまだ声が聞こえた。

「小関さん!野口だからね!覚えておいて」

「いえ、無理です。すみません」

顔を見ないのは相手に失礼だ、と思ってちゃんと振り返って頭を下げる。


“断れた”と思ったのに。
それはどうやら私だけだったらしい。

エレベーターに残った二人が

「よっし!第一印象残した〜」

「今のは無理じゃね?」

とか話しているのが見えた。

そして彼らがまだ会話している最中に、金属音と一緒に扉が閉まった。


───なに、今の。

その場に立ち尽くしていると、少し離れたところからボソッと低い声が聞こえた。

「ばっかみたい」


一瞬、誰が誰に言ったのか理解できなくて顔を上げると、紛れもなく木ノ下くんが私に放ったセリフだった。

それも、ものすごく冷たい視線を向けながら。


「ば、ばか?」

「どいつもこいつも、会社になにしに来てんだよ」

「仕事だよ」

「恋愛しに来てるようなもんじゃん。くだらない」

木ノ下くんは吐き捨てるようにそう言って、足早に歩き出す。

その細身の背中を追いながら、なんとか言い返す。

「私、ちゃんと断ってたじゃん。見てたよね?」

「あんなので諦めるとは思えないね。俺だって覚えちゃったよ。システム部の野口。マジでどうでもいいやつの名前だわ、しょーもない」

「そんな言い方しなくても……」

「あんなのがそこらじゅうにいると思うと寒気する」


……木ノ下くんって、新種の人間なのかな。
たぶん私が今まで会ってきた人の中で、一番やばい。


こちらを向くことがない横顔をチラチラ伺っているうちに、小会議室スペースに着いた。

何組かがすでに使っていて、空いているスペースに私たちはとりあえず腰を下ろす。


先にテーブルにパソコンを開いて、準備を整えたのは木ノ下くんの方だった。

画面を見ながら、

「で?」

とだけ尋ねてくる。

私も負けじとパソコンをテーブルに置いて、彼のパソコンを少しばかり押しのける。
そんな子供じみた反抗に、彼は無反応だ。

それもまた悔しい。


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