恋を知らないきみへ
「さっき展示場から帰ってきたばっかりだから、打ち込んでない。手書きのメモしかないの」

クリアファイルに挟んでいたメモ書きを出そうとしたら、木ノ下くんが手だけ出してくる。

「それでいいよ」

「清書もしてない」

「めんどくさいから読めればいい」

こちらを見ることは、本当にない。
おそらく目が合ったのは、あのエレベーターに乗り込んできた瞬間のみ。


すごい嫌われようだなと思うと同時に、それでもいいかと思ってしまう清々しさまであった。

こんな殴り書きみたいなメモを他人に渡すのは本当は気が進まなかったけれど、木ノ下くん相手に取り繕う必要もない気がした。

無言で走り書きしたようなメモを渡すと、彼はざっと目を通していた。


頬杖をついてひと通り眺めた木ノ下くんは、引っかかったのか眉をぴくりと動かした。

「“子供がのびのび暮らせる家”?」

「うん。四歳か五歳くらいの男の子がいて……」

「これってさ、結局は広さと周辺環境の話でしょ?」

なんだか冷めた感じでそう言われると、カチンと来てしまう。

目の前でお客様と接して受け取った答えを、そんなに簡単にひと言で片付けないでほしかった。

「それだけじゃないよ」

「どこが?」

「お母さんが言ってたのは、下の階に気を遣わなくて済むってこと」

「それって同じじゃない?」

「……全然違うよ」


小会議室スペースだから、パーテーションで区切られているだけの簡易的な場所だ。

そんな狭い場所だからこそ、感情的になってしまってはいけないと自分に言い聞かせる。


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