恋を知らないきみへ
「広い家が欲しい、っていう話じゃないの。今の家だと、子どもが走っただけで“静かにして”って言わなきゃいけないでしょ」

「まあ、苦情とかトラブルはめんどくさいだろうからね」

「そうだよね?でも戸建てなら、そういうのを少し減らせるかもしれない。あのお母さんが欲しいのは、広さよりそっちだと思う」


こちらが話し終わったタイミングで、木ノ下くんは腕を組んでやっと私の顔を見た。

きっと初めて、彼から目と目を合わせてきた。

その目の奥には、やっぱりどこか私とは噛み合わない冷たいなにかを秘めている。

元から細い目を、さらに細めた。


「……でも、最終的には同じでしょ」

メモをテーブルに置いて、トントンとそれを軽く叩く。

「必要なのは“下を気にしなくていい住環境”で、解決策が戸建てってだけなんじゃないの?」

「どーーーしてそういうこと言うかなぁ」

私はたまらず彼の手から素早くメモを抜き取った。


「木ノ下くんは、なんでも最終的に言い換えれば同じだと思ってるの?」

会社でこんな気持ちになるとは思ってなくて、そんな自分にも驚く。

彼と思考回路がまるで違いすぎて、一生分かり合えない気がした。

「実際にお客様が口にしたのは、“広い家が欲しい”じゃなくて、“子どもに静かにしなさいって言いたくない”なんだよ」


メモをまっすぐに彼に向けて見せるようにして、さっき彼がしたように、でもペン先で優しくぐるりと“のびのび”に丸をつける。

「“若年層ファミリー向け”なんだからさ。ちゃんとその人たちの目線で考えなきゃだめじゃない?」


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