恋を知らないきみへ
もう一度、深く息を吐く。

ここ一週間、チャット上で感じていたもやもやが一気に膨らんでいく。

「私がお客様から聞いてきたのは、もっとその人の生活に近い話なの。今どこに困ってるかとか、どんな時に不便だと思うかとか、なんで家が欲しいと思ったのかとか。そういうの全部まとめて“住環境の見直し”にしちゃったら、もったいないじゃん」

「でも、そのまま並べてもデータとして使いづらい」

「使いづらくても、切り捨てたら意味ないでしょ」

「切り捨ててないよ。整理してるだけ」

「整理しすぎなんだって!」

思ったより大きな声が出てしまって、はっとする。

隣のスペースにいた人が一瞬だけこちらを見た気がして、私は慌てて口を閉じた。


……最悪。こんなことで声を荒げるなんて。


でも、木ノ下くんはそんな私を気にする様子もなく、相変わらず静かな顔をしている。

その落ち着き払った顔が、今はものすごく腹立たしい。


「じゃあ木ノ下くんはさ、家を買う人ってみんな同じだと思ってるの?」

「思ってないよ」

「思ってるように聞こえる」

「共通項を探してるだけ」

「だから、その共通項ばっかり見てるのが違うって言ってるの」

テーブルに置いていた自分のメモを手元に引き寄せて、私はその端を指先で叩いた。

そこには、この一週間で集めたお客様の声が、殴り書きみたいな文字でびっしり並んでいる。


< 35 / 71 >

この作品をシェア

pagetop