恋を知らないきみへ
突然話を振られた木ノ下くんが、あからさまに眉をひそめる。

「……なんで俺に聞くの?」

「いいから!」

紬ちゃんにぴしゃりと言い返されて、木ノ下くんが一瞬だけ黙る。
そしてそのまま、すごく面倒そうな顔でちらりと私を見た。


私はといえば、顔が熱いまま「いやいやいや」と紬ちゃんに見えないように首を振ることしかできない。

ここでこの人に何か言われるの、あまりにも嫌すぎる。


数秒の沈黙のあと、木ノ下くんは視線を紬ちゃんに戻した。

「……まあ、そうなんじゃない。……知らないけど。なろうと思えばなれるんじゃないの」

「ちょっと!なにその適当な言い方!」

反射的にツッコむと、紬ちゃんはそっちのけで“なれる”と言われたことに大喜びで。
「やったー!」と跳ねていた。

由佳さんも悠真さんも、リビングの方で肩を揺らして笑っている。

「よかったね、紬」

「うん!たすくくんもそう思うって!」

紬ちゃんはタタッと駆け出して、由佳さんに抱きついてる。


整頓されたスタディスペースに残された私たちは、なんとも言えない空気の中にいた。

「もうちょっとこう……子どもに対する言い方とか、考えた方がいいんじゃない?」


あちらには聞こえないように抗議したけれど、木ノ下くんはもう知らん顔で紬ちゃんの絵を見下ろしていた。

その顔が気まずそうに見えたのは、たぶん気のせいじゃない。


再び席に戻ると、さっきまでよりも少しだけ空気が和んでいた。

紬ちゃんはスケッチブックを抱えたまま私の隣に戻ってきて、ジュースを飲みながらまだ時々木ノ下くんの方を見ている。

そのたびに木ノ下くんは露骨に目を逸らしていた。
……もう話しかけてこないで、と言わんばかりの態度。


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