恋を知らないきみへ
私はなんとか気持ちを立て直して、タブレットを見ながら話を戻す。

「えーっと……。すみません、話が逸れちゃって」

「いえいえ、逸らしたのは紬なので」

由佳さんが笑いながら、たいして気にも留めていないような顔で首を振る。

「でも、こういうのも含めて今の生活って感じなんです」

そう言われて、私はハッとして隣に座ってご機嫌な様子の紬ちゃんを見下ろした。


子どもが途中で話に入ってくること。
宿題の途中で絵を見せに来ること。
お腹の赤ちゃんの話が自然に出ること。

そういう全部込みで、家族の暮らしなんだと思う。


「高瀬さんご夫婦って、住む前に想像してた“家での暮らし”と、今の暮らしって近いですか?」

最後にそう尋ねると、悠真さんが少し考えてから答えた。

「うーん……、どうかな。近い部分もありますけど、想像してたより生活って細かいですね」

「細かい……ですか?」

「はい。もっと、“広くなって快適”とか“収納が増えて便利”とか、そういう分かりやすい変化を想像してたんですよ。でも実際に大きかったのって、娘が帰ってきてどこにランドセルを置くかとか、妻がつわりの日にどこで横になるかとか、そういう細かいことの積み重ねで」

「たしかに」

「家って、住んだ瞬間に完成するわけじゃなくて、暮らしながら“こう使うと楽だな”って見つけていく感じなんだなって思いました」

その言葉を聞いた瞬間、私はなんとなく木ノ下くんの方を見た。

彼は珍しくキーボードを打つ手を止めていて、テーブルの上に置かれた音読カードをぼんやり見ていた。

その横顔は相変わらず読みにくい。でも、少なくとも退屈している顔ではなかった。


ひと通り話を聞き終えてお礼を言い、玄関先で高瀬さん一家に見送られる。

後ろを振り返り、深くお辞儀をした。

「今日は本当にありがとうございました。すごく参考になりました」

「こちらこそ。小関さん、また何かあったらいつでも連絡してくださいね」

「はい、ぜひ!」


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