恋を知らないきみへ
木ノ下くんは画面を見たまま、ほんの少しだけ微笑んだ。

「じゃあ、それを一ページ目の軸にした方がいい」

「今もそう書いてるじゃん」

「書いてる。でも周りに情報が多いんだよね」

彼はマウスを動かすと、私が一ページ目に並べていた展示場のお客様の声をまとめて選択した。


───嫌な予感がする。

「ちょ、ちょっと待って」

「うん。待ってる」

「その選択、絶対ろくなことしないでしょ」

「ううん、場所を変えるだけ」

「やだ!信用できない」

「大丈夫だよ。戻せる」

「そ、そういう問題じゃないんだって」


私がマウスへ手を伸ばすと、同時に木ノ下くんの手も動いて狭いマウスの上で指先がぶつかった。

思わず身を乗り出す。ちょっと取り乱している自覚はあるけれど、もう後には引けない。


「木ノ下くん、マウス貸して」

「だめ。今使ってる」

「そこ動かす前に一回見せて」

「見せてるじゃん。小関さん、一緒に画面見てるでしょ」

「もう!屁理屈なんだから!」

「違う。これは事実」


ほんの数秒、マウスを掴んだまま手元だけの攻防になる。

我ながら何をしているんだろうと思う。

資料を作りに来たはずなのに、なぜ私はこの人とマウスの主導権争いをしているのか。

隣のスペースに人がいなくてよかった。
いたら絶対に、仕事のできない二人だと思われていた。


木ノ下くんが、苛立ちと呆れの混じった視線を向けてくる。

「離してくれない?」

「木ノ下くんが離して」

「クリックできないんだけど」

「させないために押さえてるの。勝手に消されるよりマシ」

「消さないから」

その言葉を聞いて、ようやく少しだけ手の力を抜いた。


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