恋を知らないきみへ
「営業目線も入れるの?」

「入れないと意味ないでしょ」

「……うん」

「なに?」

「……ううん、なんでもない」


───なんだか、調子が狂う。

さっきまで私の文章を容赦なく動かしていたくせに、今度は営業目線が必要だと言う。

本当に、この人は分かりにくい。


私より先にため息をついたのは、木ノ下くんの方だった。
でもそれは、疲れや呆れのものではない、別のため息。

「小関さんは、お客様全員を主人公にしたいんだと思う」

そんなことを言われるなんて思ってもみなかったから、力を抜きかけた肩に、また力を入れる。

「もー!……他に言い方ないの?」

「え、違う?」

「……違わないけど」


違わないから、なんだかついつっかかってしまう。

私は、お客様一人ひとりの気持ちを、できるだけ同じ重さで残したかった。

でも資料にする時、全部を同じ場所に置いたら、たぶん何も残らない。


それを彼のおかげで分かってしまった。
分かってしまったことが、悔しい。


「主人公は一人でいいんだよ」

木ノ下くんはそう言った。

「まずは一人を覚えてもらう。そのあとで少しずつ広げていけばいい」

「……分かった」

「やけに素直じゃん」

「納得したから素直になったの」


仕方ないので“ちょっと認めました”みたいに言い返すと、木ノ下くんがふっと面白そうに笑った。

「……小関さんを納得させるのって大変なんだね」

「木ノ下くんの方が偏屈なくせに」

「言われたことない」

「絶対うそ。もっとこう、人間関係を円滑にするように、好かれる努力しないとだめだよ」

「仕事で人に好かれる必要ある?」


たぶん、彼は本気で言っているんだろう。私を不思議そうに見ている。

そういえば、そもそも営業部とマーケティング部では、求められる役割が違うのだ。

だとしても、ここは譲れない。


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