恋を知らないきみへ
スマートウォッチの時刻は『18:15』になっていた。


「うーん……」

伝わりやすい文章を考えているうちに、頭の中がこんがらがりそうになる。

私がキーボードへ手を伸ばしたまま悩んでいる間も、木ノ下くんは特に急かすことなく、黙って隣で画面を見ていた。

削ぎ落としすぎず、大事なものだけを残していかないと読んでもらえない。
大事なところを、しっかり分かりやすく。


考えながら少しずつ文字を打っていくと、隣から声が落ちる。

「そこ、一行空けた方が読みやすい」

「え?ここ?」

木ノ下くんに言われるがまま、改行を入れてみる。

たったそれだけなのに、文章の見え方が少し変わった。

「……ほんとだ」

「でしょ」

───悔しい。

「そういうところだけは信用できるんだよなぁ」

心の声を思わず漏らすと、木ノ下くんが肩を揺らした。

「なにそれ。褒めてる?」

「褒めてない!」

と、即座に返したものの。
まったく認めていないのも違うから、隣にいる彼の方は見ないでつぶやく。

「……半分だけ」

それが、彼に聞こえたかどうかは分からない。私も確認するつもりもなかった。


資料作成は少しずつ、本当に少しずつだけど進んでいく。

これまでも何度か新規プロジェクトには携わってきたけれど、今回のようにまっさらな状態から作り上げるのは初めてだった。

「……木ノ下くんて、こういうの初めて?なんていうか、ゼロから始める感じの、重めの案件」

聞いてから、「しまった」と我に返る。
木ノ下くんは雑談なんてしないんだった。どうして聞いちゃったんだろう。

……と思っていたら、隣からぼそりと聞こえた。

「……初めてだけど、先輩たちがやってるのは見てきた」

「不安とかないの?」

「指名されたってことは、期待されてるんだと思ってる。だから、責任持ってやるだけ」


───“期待されてる”とか、“責任持ってやる”とか、想像していなかった言葉が木ノ下くんから出てきたので少し驚く。

「私より慣れてるように見えるよ」

「慣れてはない。見えるのは気のせい」

思いのほか、即答された。


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