恋を知らないきみへ
『19:58』というスマートウォッチの時刻を見た時、一瞬見間違いかと思った。

この小会議室スペースに、いったい何時間いたんだろう。


印刷した資料の最終確認を終えて、私も木ノ下くんもしばらく動けなかった。
休憩らしい休憩も取らずにほぼノンストップで話し合い続けて完成した資料が、手元にある。


「……やば、もう八時じゃん」

ずっとイスにもたれていた木ノ下くんがようやく身体を起こした。

パソコンを閉じて、広げていた書類を片付けている。

私も作った資料を丁寧にクリアファイルへ入れ、電源コードをまとめたり、タブレットをバッグにしまったりする。

誰もいない小会議室スペースは、本当に無音だった。
私たちが出す音だけが存在を示していた。


テーブルもきれいに片付いて、何もなくなった会議室の電気を消して薄暗い廊下へ二人で出る。

ほとんど無言で廊下を進んで、やっと口を開いたのはエレベーターホールだった。


「……木ノ下くん」

「なに」

いつものテンションで返事をされたけど、もう慣れた。

別に、なにか言葉を探していたわけじゃない。
ごく自然にぽろっと漏れた。

「今日はありがとう」


ちゃんと資料が完成した安堵感。
短期間で積み上げてきたものが、形になればたった数枚の資料だとしても、ひとりでは絶対に作れなかったと思う。

だからこそふわりとこぼれた笑顔と言葉だった。


木ノ下くんはというと、私からそんなことを言われるなんて思ってなかったのか完全にフリーズしていた。


< 68 / 71 >

この作品をシェア

pagetop