恋を知らないきみへ
ポーン、という音がしてエレベーターが来る。
誰もいないエレベーターに乗り込んで、それぞれ降りる階のボタンを押した。

私はまだしゃべらない彼を見上げて、肘で小突いた。

「さすがに木ノ下くんも疲れた?」

「……いや、あー、うん」

歯切れの悪い答えしか言わないので、また笑ってしまった。


「明日は頑張ろうね。うちの部長とそっちの課長を納得させてやろ!」

充実した気持ちで軽い口調でそう言ったら、悲しいほど冷静な声で木ノ下くんがつぶやく。

「……一発で通ると思ってる?」

「───えっ?」

「明日から“始まる”と思った方がいいよ。“to be continued”みたいな」

「や、やだー!」


狭い箱の中でごねていると、木ノ下くんは階数が表示されているパネルを眺めて目を細めた。

「明日はとりあえず、小関さんは現場の話して。数字は俺が引き受けるから」

「“to be continued”……。なんで漫画みたいな締め方するの」

「ねえ、俺の話聞いてる?」


ポーン、と音がして木ノ下くんが先に降りる。
その顔はちょっと呆れていた。

半分だけこちらを振り向いて、

「じゃ、お疲れ様」

と素っ気ない態度のまま行ってしまった。


私はエレベーターに乗ったまま「お疲れ様」となんとか返す。
閉まりゆく扉の隙間から、木ノ下くんの背中が消える。


そっと背中を壁につけて、小さなため息をついた。
エレベーターが営業部のある階までゆっくり降りていく。

私はひとりで閉まった扉をぼんやり見つめて、それからふっと笑った。


木ノ下くん。……仕事はできるんだけどなぁ。
ほんと、言い方だけが残念。


営業部のフロアで自分のデスクを片付け、まだちらほら残っている同僚に挨拶してから帰る準備を整える。

今日作り上げた資料は、明日の打ち合わせで忘れないよう、デスクの上に置いておいた。


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