恋を知らないきみへ
最初に口を開いたのは営業部長だった。

「うん、いいね」

あっさりとした、でも肯定してくれる言葉に思わず顔を上げる。

「展示場で拾ってきた言葉にちゃんと温度が乗っかってる」

その一言だけで、胸の奥が少し軽くなった。
ずっと緊張と不安でドキドキしていたから、それがほんの少しだけ引いていくような。


「高瀬さんご夫婦を軸にしたのも分かりやすい。とても読みやすかったよ」

「ありがとうございます」

そうしてほっとしたのも束の間だった。
営業部長は資料をぱたんと閉じると、そのまま私を見る。

「たださ、」

……あ、やっぱり来た。

「営業は、この資料をどう使う?」

「……え」

「展示場?チラシ?ホームページ?SNS?」


次々と投げかけられる言葉に、どうしても返事が詰まってしまう。

隣にいる木ノ下くんの手が少し動いたのがなんとなく見えたけれど、そちらには視線を送れなかった。

そうしている間にも、営業部長は私が答えられないことに気がついて質問を切り替えてきた。


「じゃあちょっと聞き方を変える。……どこで、このテーマになってる言葉を使う?」

部長はいたって真剣な表情だった。

新しいブランドを立ち上げるのだから、妥協しないのは当たり前だ。
こんなことに答えられないのなら、私はまだまだだということだ。

「誰にどのタイミングで届けるのか。そこがまだ見えない」


部長の言葉一つひとつが、図星だった。

私は"いい話"を作ることばかり考えていたような気がする。
営業としてどう使うか、そこまでは落とし込めていなかった。

「……はい」

悔しいけれどその通りだったので、認めるしかなかった。


< 73 / 93 >

この作品をシェア

pagetop