恋を知らないきみへ
続いてマーケ課長が資料を手に取る。

課長はまったくピリついた様子もなく、ただ事実を置いていくように言った。

「方向性はいい」

と、私の隣に座る木ノ下くんを見た。


「でも、まだ証明しきれてない。そういう印象が残った」

木ノ下くんはなにか反論するでもなく、ただ静かにうなずいた。

「競合分析もある。アンケートもある。でも、高瀬さん一家が特別なのか、それとも今の若い家族全体に共通する話なのか。ちょっと足りないんだよな」

課長はそう言って、何ページかめくって資料に目を通して首をひねる。

「例えば高瀬さんだけが『生活が回る』って言ってるなら、一家族の感想で終わる。でも展示場で五組、十組と同じ言葉が出るなら、それは市場のニーズになる。"生活が回る"という価値を、もう一段裏付けたい」


すると少し間を置いてから、木ノ下くんが口を開く。

「競合分析とアンケートで補えると考えていました」

「うん、その考え方は悪くない」

課長はすぐに否定しない。

「でも、それだけじゃ弱い」


その"弱い"という言葉に、私は昨日のことを思い出してしまった。
まさに木ノ下くんも、同じ言葉を私に使っていた。

一瞬息を飲んで、横目で彼の様子を見る。

木ノ下くんの反応は薄くて、動じているのかここからではよく分からなかった。


課長は穏やかに微笑んで、木ノ下くんと私を交互に見比べた。

「数字だけでもだめ。エピソードだけでもだめ。今回企画してる新しいブランドは、その真ん中を狙ってるものだから」


それを受けて、木ノ下くんは短く

「……はい」

とだけ返した。


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