恋を知らないきみへ
仕切り直しとばかりに、木ノ下くんが走り書きした“住み始めて良かったこと”を指でトントンと指し示した。

「小関さんは展示場でこれをメインに聞くとして、俺は課長に言われた生活動線について、共働き世帯を主軸にデータを取るから」

言いながら考えるように腕を組む。

「できることなら、展示場に来てる人達に軽く生活リズムとかも聞いてもらえるとありがたいかな」

「うん、分かった。そのへん全部イコールになってそうだもんね」

「時間があれば、でいいよ」

「大丈夫、聞いてくる」

私は「任せて!」と言い切って、パスタを口に詰め込んだ。


そこへ不意にカタン、と私の隣のイスが引かれたことに気づいて顔を上げる。

「お疲れ様です、小関さん。隣、空いてます?」

めちゃくちゃパスタを詰め込んだばかりに、全然返事ができない。

隣に座ろうとしていたのは、まったく見覚えのない男性社員。
……たぶん、歳は私よりちょっと上くらい。

首から下げている社員証は、照明が反射してよく見えない。


なんとか水でパスタを飲み込んで、やっと声を出した。

「あ、お疲れ様です。……あの、すみません。今ちょっと打ち合わせ中で」

「あー……、そっか」


彼はまだイスに掛けた手を引っ込めない。

このままではするりと座られてしまいそうだったので、にこっと笑顔を向けた。

「今日中に仕上げなきゃいけなくて。ごめんなさい」

「邪魔しちゃ悪いから、また今度」

「あ、すみません……」

生返事をしているうちに、彼は私に笑いかけてそのまま行ってしまった。


「……あの人、誰なんだろう」

「は?知ってる人じゃないの?」

木ノ下くんのちょっと鋭い言い方が引っかかる。

「知らないよ。逆になんで私の名前知ってたのかな……」

「……小関さん、気づいてないんだね」

「え?なに?」

「いや、べつに」

「……なんなの?気になるじゃん!」


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