便座の上で力んでいたら異世界転生!? 婚約者の冷酷公爵をビンタして婚約破棄を目指します!

悪評ゲットでガッツポーズしていたら、元幼馴染(天使系)がやってきた

さっきまでティーパーティーのようだった庭園の雰囲気は、一瞬にして自然災害の被災地へと変貌した。皇后は気絶しまいと必死に深呼吸を繰り返している。一方、私はその場に涼しい顔で立ち尽くし、「狂った王女」という悪名をゲットする任務が完璧に大成功したことに、内心ドヤ顔を決めていた。

何もわざと自分に泥を塗るためにこんな暴挙に出たわけじゃない。この私、義理の母である皇后がマンガの中で何をしでかしたかを知っているのだ。

そう、彼女こそがアレシアを裏で操り、物語の中盤で実の兄を暗殺させようとした最大の黒幕。原作通りなら、私はこの女を大層敬い、崇め奉るはずだった。

……だけど、一体全体なんのために?チッ、私はそこまでイカれてない。ストレスで今にも爆発しそうな皇后の姿を、これ以上ないエンタメとして高みの見物を決め込んでいた、その時。

一人の近衛兵が、血相を変えて皇后のもとへと駆け込んできた。その顔は完全にパニック状態だ。

「皇后陛下、お許しください!聖座からの使者が、たった今王宮の正門に到着いたしました!」

さっきまで私のせいで顔を真っ赤に怒らせていた皇后の顔が、一瞬で土気色に変わる。

「聖座ですって?今?なぜこんなに突然に!?」

「それが……若き大教皇様が、直々に懺悔の儀を執り行うため、まもなくこちらへ御到着されるとのことです、執政官様」

大教皇?ちょっと待って、何それ?必死にマンガの記憶を掘り起こす。

……あ、思い出した!いたわ、そんなキャラ。いや、モブじゃない。天使系「当て馬(セカンド男主)」のローワンだ。

彼はアレシアの幼馴染で、昔は彼女のワガママで傲慢な態度をいつも仏のメンタルで受け止めていた聖人。

……っていうか、本当によく耐えられたよね?私だったら迷わず沼地へ投げ捨ててるわ。そして確か、ヒロイン(本物の主人公)と出会った後のローワンは、アレシアに対して急に塩対応になり、何があってもヒロインの味方をするようになる。

……まあ、私にはぶっちゃけ関係ない話だけどね。自分がイージーモードで贅沢三昧できればそれでいい。できることなら、今この瞬間から彼とは全力で距離を置く。


原作のプロットなんて知るか。私は死にたくない。働かずに大富豪として生きていきたい。そして、その夢を叶える唯一の方法は、この狂った王宮で王女の座を死守することだ。

女主人公、男主人公、そしてもちろん、セカンド男主からも全力でバックれる。

――作戦は、今日ここから始まるのだ!!!

「あぁ、申し訳ありません、皇后陛下。どうやらお客様がお見えのようですわね。先ほどの不手際、心よりお詫び申し上げます。少々、集中力を欠いておりましたの。それから……他の令嬢方との約束があることを今思い出しましたので、私はこれにて失礼させていただきますわ」

私はそう言って、その場にいる全員の目を真っ直ぐに見つめながら、にっこりと微笑んだ。皇后は完全にフリーズしている。まあ、怒り狂っているのは確実だけど、知ったこっちゃない。

あのクソババアが何を考えようが、もう私の知る私ではないのだ。内心では

「脱出成功!」

と大歓声を上げながらも、足取りだけはわざと優雅に見えるよう意識して。私はくるりと背を向け、今や息が詰まりそうなほど重苦しい空気に満ちた庭園を、急ぎ足で後にした。

◆◆◆

それから数分のうちに、王宮の正殿の雰囲気は劇的に一変した。

さっきまでの庭園がまるで災害現場のようだったとすれば、今の正門前は冷徹で、どこか神聖な場所へと変貌を遂げている。

使用人たちが慌ただしく走り回り、赤絨毯を敷き詰め、廊下の隅々にまで高貴な香香の香りが漂うよう、必死に準備を進めていた。


つい数秒前まで、私(アレシア)の暴挙のせいで怒り心頭だったはずの皇后も、今はその感情を無理やりゴクリと飲み込むしかなかった。今はただ、冷静で、そして気高く振る舞わなければならない。

聖座の大教皇による行幸は、決して軽んじていいものではないからだ。

やがて遠くから、規則正しい足音が響き始めた。それは兵士たちの荒々しい足音ではなく、静かに歩を進める聖職者たちのもの。そして、その後に続いて、全員の視線を一身に集める主役が現れた。


ローワンだ。若き大教皇は、太陽の光を浴びてきらきらと輝く、純白の法衣を身にまとって歩いていた。

その表情は極めて穏やかで、ほとんど無表情に等しい。しかし、透き通るようなその青い瞳は、この王宮に渦巻くあらゆる嘘を見抜いてしまうかのようだった。

かつて幼いアレシアに手を引かれ、振り回されていたあの無垢な少年の面影は、もうどこにもない。今のローワンは、あの傲慢な皇后でさえも、深く頭を垂れて敬意を示さなければならない最高権力者なのだ。

だが、大教皇の気を引こうと貴族たちが必死に群がる中、ローワンは正殿の入り口のちょうど一歩手前で、ふと足を止めた。

そして、王国中で今一番の噂の的となっている王女――ついさっき、そこを通り過ぎたばかりの私の後ろ姿に向けて、わずかに首を傾げた。一瞬の静寂。


ローワンの氷のように冷ややかな眼差しが、ほんの一瞬だけ、微かに揺れた。まるで、何年も前に王宮の庭園で嗅いだ、あの酷く懐かしい薔薇の香りを、本能的に感じ取ったかのように。

「……大教皇殿下?」随行していた聖職者の一人の声が、彼の思索を遮った。

ローワンは薄く微笑んだ。見る者すべてを安らぎで包み込むような微笑み。だが、彼をよく知る者にとって、それはこれから大事件が起きる前触れの合図でもあった。

「何でもない」と、ローワンは優しく応じた。

「ただ……ここに何かを置き忘れてきたような、そんな気がしただけだ」

その夜、王宮は偽りの静寂に包まれていた。よそよそしく、欺瞞に満ちた晩餐会が終わり、ローワンはようやく自身の客室へと戻った。

しかし、すぐに身体を休める気にはなれなかった。彼は窓辺に立ち、王宮の西離宮――王女アレシアの居城がある方角をじっと見つめていた。

◆◆◆

その姿は、まるで先ほどからずっと待ち侘びている誰かを探し求め、そわそわと首を巡らせているかのようだった。

(彼女は、あれほど変わってしまったのだろうか……)ローワンは、かつての二人の出会いを思い出し、くすりと小さく笑った。

◆◆◆

あの日の王宮の庭園は、これ以上ないほどに晴れ渡っていた。

当時、まだ五歳だったアレシアは、大理石のベンチに座り、小さな手を顎に当てて退屈そうにしていた。

その愛らしい顔立ちには、すでに傲慢な気質が色濃く表れていた。世界は自分を中心に回っていると信じて疑わない、いかにも王女らしい態度だった。

「退屈、本当に退屈だわ。ここにいる人間を見るのは。二面性があって、偽善者で、純朴なフリをして。裏では罵り合っているくせに、表ではどうしてあんな笑顔を貼り付けられるのかしら?やっていることが本当に安っぽくて、全く品性というものがないわ」


幼い少女はそう呟いた。文字通り、死ぬほど退屈していたのだ。かと言って、行き交う人々をただ眺めるだけなんて、何の気晴らしにもなりはしない。

彼女が退屈しのぎに周囲を見渡した、その時。薔薇の茂みの陰に、何かがいるのが目に留まった。

「退屈、本当に退屈だわ。ここにいる人間を見るのは。二面性があって、偽善者で、純朴なフリをして。裏では罵り合っているくせに、表ではどうしてあんな笑顔を貼り付けられるのかしら?やっていることが本当に安っぽくて、全く品性というものがないわ」

幼い少女はそう呟いた。文字通り、死ぬほど退屈していたのだ。かと言って、行き交う人々をただ眺めるだけなんて、何の気晴らしにもなりはしない。

彼女が退屈しのぎに周囲を見渡した、その時。薔薇の茂みの陰に、何かがいるのが目に留まった。

金髪の髪を少し乱した男の子が、膝を抱えて座り込んでいた。身にまとっているのは貴族の礼服ではなく、地味でシンプルな服。その瞳には、明らかな恐怖の色が浮かんでいた。

アレシアは一目で、その子が大聖堂の寄宿舎へ戻る道を見失ったのだと察した。大聖堂の寄宿舎は、中央王宮からそう遠くない場所にあり、当時、そこでは幼き見習い神官たちの育成が行われていることをアレシアも知っていた。

アレシアはその少年をじっと観察した。なぜか、泣いている彼の姿を見て、無性にむず痒いような気持ちになったのだ。

愛らしい少女は立ち上がり、いかにも傲慢な足取りで、その子の方へと歩み寄った。

「ちょっと、なんでこんなところで泣いているの?すごく汚れるでざましょ」

と、彼女はぶっきらぼうに言い放った。その男の子――幼き日のローワンは、おそるおそる顔を上げた。澄み切った青い瞳が、無垢にアレシアを見つめる。

「僕……迷子になっちゃったんだ。お家に帰りたいのに、道が消えちゃって……」

アレシアは鼻で笑い、生まれ持った小生意気な仕草でパッと目をそらした。「道が消えるわけないじゃない、この分からず屋!貴方が方向音痴なだけよ!」

小さなローワンはただ黙り込み、少女が何を言っているのかを理解しようと、頭を悩ませていた。それを見たアレシアは、一人でイライラし始めた。


この男の子をひどく「面倒くさい」と感じたが、同時に、自分の庭でいつまでもそんな惨めな姿でいられるのも我慢ならなかった。不機嫌そうな顔をわざと作りながら、アレシアはポケットからシルクのハンカチを取り出した。

本当は自分の汗を拭くために持っていたものだ。それをローワンの前に突きつける。

「ほら、その鼻水を拭きなさい。見ていて本当に不愉快だわ」

ローワンは躊躇いがちにそれを受け取った。「ありがとう……王女お姉ちゃん?」

「お姉ちゃんって呼ばないで!アレシアと呼びなさい!」

と、彼女は激しく怒鳴った。それからアレシアはローワンの隣にしゃがみ込んだ。

口では「使えない」

「世間知らず」

と隣の少年を罵り続けていたが、その手はとても手際よく、泥で汚れたローワンの衣服の襟元を整えていた。

「貴方って子は本当に……もし私に見つかっていなかったら、今頃、森の野良猫に食べられていたかもしれないのよ?」

アレシアはローワンの肩をポンポンと叩きながら、小言を並べ立てた。ローワンはまだアレシアのひねくれた性格を理解していなかったが、不思議と心が温かくなるのを感じていた。彼は、険しい表情を浮かべながらも、一生懸命に自分の法衣を直してくれているアレシアをじっと見つめた。

「アレシアは、優しいね」

ローワンは心からの笑顔を浮かべ、ぽつりと呟いた。アレシアの顔は瞬時に真っ赤に染まった。恥ずかしいからではなく、ただのプライド(頑なな自尊心)のせいだ。彼女はローワンのぷにぷにとした頬を軽く抓った。

「黙りなさい!私は優しくなんてないわ。ただ、私の庭にだらしない人間がいるのが許せないだけよ!さあ、大聖堂まで送り届けてあげる。でも、私が一緒だったことは誰にも言わないことね!」


小さなローワンは従順に頷き、アレシアのドレスの裾をぎゅっと握りしめた。黄金色に輝く夕日の下、傲慢な王女と小さな未来の大教皇は、手を繋いで歩き出した。

道中、アレシアはずっと文句を言い続けていたが、ローワンは終始微笑んでいた。

幼いローワンにとって、あの時のアレシアは高慢な王女などではなく、迷子になった見知らぬ自分のために、喜んで時間を割いてくれた唯一の大切な人だったのだ。

◆◆◆

ローワンは再び、くすりと小さく笑った。彼は三千もの星々がまたたく夜空を見上げた。

「また君に会えるのが待ち遠しいよ……シア」

青年はそう呟き、再び部屋の中へと足を進めた。扉のすぐ前には、一人の若き神官が不安そうな面持ちで立っていた。ローワンはそれを気にかける風でもなく、部屋のソファに腰を下ろすと、銀のロザリオを静かに指先で弄んだ。

「大教皇殿下」若き神官が、躊躇いがちに歩み寄る。

「今、王宮全体が、今日の夕方に起きた皇后陛下の庭園での事件でもちきりでございます。アレシア王女殿下が……非常に不適切なやり方で、お茶会を台無しにされたとか」

その名を聞いた瞬間、銀のロザリオを繰っていたローワンの指先がピタリと止まった。彼は沈黙した。

彼の記憶は、先ほど思い出していた幼き日の記憶へと引き戻される。かつてのアレシアは確かに傲慢で口も悪かったが、ローワンはそれが彼女なりの「痛みを隠すための防衛手段」であることを痛いほど知っていた。

皇帝が兄のヘリオスを褒めるたび、アレシアはすぐに冷酷な表情を作り、これ見よがしに高価な宝石を自慢し始めた。それは彼女の自衛の殻だった。

自分が「優れて」いなければ、誰からも愛されないのではないかという恐怖。

「彼女が、騒ぎを起こしたと?」ローワンは静かに問いかけた。その声は優しく響いたが、奥底には悲しみが滲んでいた。

「はい、殿下。自ら皿の破片を拾い集め、耳を疑うような粗野な言葉を使われたとのことです」


ローワンは目を閉じた。胸の奥がキュッと締め付けられるように痛んだ。彼の知るアレシアなら、自らの手で皿の破片に触れることなど絶対にしない。

ましてや、人前で汚い言葉を浴びせるなどあり得ないことだ。アレシアにとって、他人の前でプライドを保ち続けることだけが、皇帝の目に留まるための唯一の価値だったはず。その彼女が、あれほどまでに自尊心を投げ捨て、粗野に振る舞ったということは――。

アレシアの心は、本当にもう完全に壊れてしまったのだ。

「彼女は、自分自身を諦めてしまったんだね」ローワンは痛ましげな声でぽつりと呟いた。

「かつては父君に振り向いてもらうため、完璧であろうとあんなにも必死に抗っていたのに……今は、これ以上期待して傷つかないために、すべてを自ら壊すことを選んだというわけか」

青年は静かに立ち上がり、再びバルコニーの方へと目を向けた。今すぐにでもアレシアに会いに行きたいという衝動が激しく突き上げていたが、大教皇という己の立場が、軽率な行動を許さないことを彼は重々承知していた。

王宮のしきたりという名の枷が、かつて自分を救ってくれた少女と自分を隔てている。彼はただ静かにため息をつき、明日の朝、懺悔の儀が始まるその時を待つことに決めた。

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