『胡蝶の夢』に囚われて ― 夢か現か幻か ―
33 ◇粉雪(こな~ゆき)


 俯いたきり、何も言ってくれない賢人の前で、私はすごく辛かった。

「いつからなの?」

 聞きたくない答えを──
訊きたくない質問を──

手持ち無沙汰を埋めるかのように,問い詰めている自分がとても惨めだ。


 賢人がようやく顔を上げた時、互いがお互いの顔を見て驚いたというような
展開に……。

賢人も私も、顔が涙でぐちゃぐちゃになってた。

「ごめん、美並。俺が悪い。浮かれ過ぎてた。彼女とは付き合ってもいないし、
付き合いたいとも思ってないよ。俺の恋人は美並だけ……。ほんとに」

「あれ、見ちゃったからには、信じられないよ」

最後まで言いたくなかったけど、私は口にしてしまった。

「賢人から彼女にキスしてたじゃん。これって言い訳できないでしょ?
 付き合いたいと思ってない人にキスするっておかしいじゃない。
 言い寄られたら誰にでもキスするんだ賢人って。
 じゃあ、賢人はモテるから今まで何人の女子とキスしてきたのかな?
 言い訳聞いたら、よけい信じられなくなっゃったよ」

 目の前の賢人は泣きながら、首を振るだけ。

「今日はこれ以上話していても、グダグダなだけになりそうだから、私帰るね」

「ちょっ──待って」

 待ってという賢人の言葉を振り切り、私はカラオケ店から飛び出した。

 涙のせいで、怪我しちゃいけないとティッシュで何度も涙を拭きながら駅までの道を急いだ。

 電車の中でも、なるべく俯いて泣くのを耐えた。

 そう私は、結婚適齢期に何年も付き合ってきた
恋人を──
結婚相手を──
失くした。

 洟を啜り、振りかえってみた窓の外には粉雪がチラホラ降り始めていた。
 車窓から見た今日という日の景色を、私はこの先一生忘れないだろうと思った。
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