『胡蝶の夢』に囚われて ― 夢か現か幻か ―
37 ◇さよならも言わずに

 その後2か月ほど、本田くんの言っていた通り私たちは4人で休日にダブルデートをして楽しんだ。

 このことがなければ、私はうじうじと未だに賢人と別れられず、しがみ付いていたかもしれない。

 男女に限らないかもしれないが、付き合っていた相手と別れる場合、きちんと最後は挨拶を
兼ねて会うべきという意見と、生産性のないともいえる──
顔も見たくない相手との別れに、わざわざ会う必要性がどこにあるのか、という意見と
二通りあるようだが……。

 私は『別れたくない』と言っている相手と別れたいのだから──
会う必要はないと考えた。

  ただ、いつまでも賢人にまだ自分たちは別れてはいないという認識でいられると困るので、
きちんと(・・・・)メールでお別れをした。

 信じきっていて──
とても好きだった人。

 身を切られるように辛かった。
 それでも今の環境が後押しをして、私はなんとか別れる道を選べた。

 その後、自然の流れで私たち2組のカップルはそれぞれ交際することになった。

          ◇ ◇ ◇ ◇

 そして子供の日がもうすぐそこまでという時節に、元の穏やかな日々に戻っていく
中でのこと。


 仕事からの帰り道途上──
自宅の近くにある公園付近で賢人が待ち伏せしていたのだ。

『えっ、どうしてこんなところ……に』
 予想もしていなかった人の出現に私は腰を抜かさんばかりに驚いた。
だって、ちゃんとお別れメールしていたはず……。

 嘗て信頼し仲良くしていた人を避けて歩き続けるなんて、辛過ぎる──
けど、話し掛ける言葉を見つけられず、私は賢人の側を無言で進もうとした。

「美並……どうしても会いたくて来ちゃったんだ。
 お願いだから話を聞いてほしい」

「ごめん、何度も私の方から理由は訊いたよね? 
 だけど賢人の答えはいつも曖昧で……。
 納得のいく答えは聞けなかったでしょ? 
 同じ話を聞かされても私だってどうしようもなくて困る」



「ホントにただ浮かれてて、俺が馬鹿だったって──そうしか言えないんだ。
 馬鹿男だった俺を許してほしいんだ。
 絶対この先浮かれて美並のことを傷付けたりしないって誓うから」



 じゃあ、どうして気持ちがない女性にキスができたのかと問うと、以前と同じように賢人は
上手く答えられないのだった。

 浮かれていて心にスキがあったからとしか……。



「じゃあ立場を変えて、考えてみてほしいの。
 私が同じことをしても賢人は私と付き合い続けて一生を共にしていく結婚ができるの?

 遊びで真剣に好きでもなかった他の男性とキスした私に、キスできるの?
 他の男性とキスする前の私と同じ熱量で同じ想いで、私に向かってこれるの?」


 賢人は何も答えられなかった。
 それでも泣きながら、私を抱き寄せて胸のうちを吐露し続けた。


「何と言われても、ちゃんと説明できないことをしてしまったけど俺は美並と別れたくないんだ。
すぐに許してもらおうなんて思ってない。だけど猶予がほしいんだ。
お願いだから挽回するチャンスをくれないか」

 賢人が泣き崩れるようにして私に許しを請う姿は、胸が抉られるように痛い。
 私だって、そこまで縋ってくる賢人を見ていて辛かった。
 何度許したいと思ったかしれない。

 ほんとうのところはわからないけど、たった一度のキス。

 これを赦せる女性も世の中にはいるのかもしれない。
 だから、何度も自分の心の中を覗き、問うてみたけれど。

 赦せたとしても、一生を共に歩いてはいけないという答えしか導き出せないのだからしようがない。

「ごめん、無理」

 私は賢人の腕の中から抜け出し、自宅へと足を向けた。
 悲しいけれど、振り向いちゃいけない。

 彼の涙に負けて彼の元に戻れば、きっともっと苦しくなる。
 私は心を鬼にして歩き続けた。

          ◇ ◇ ◇ ◇

◇本田くんとのこと

 付き合うといっても、本田くんとは同じ会社であるため、私はどうしても慎重になってしまう。
 そしてまた、彼からも何度か会っているもののそのあと、正式に交際を申し込まれることは
なかった。


 その後しばらくして──
美冬から、伊藤くんから正式に交際を申し込まれたと聞いた。

 でもだからといって、美冬たちのことを羨ましいと思う気持ちは不思議と
沸いてこなかった。

 この時の私は、友達以上恋人未満の本田くんとの本気の交際に正直迷いがあった。



 どうしても賢人と出会った時の、あの魂揺さぶられるような感情と比べてしまうせいなのだろうか?
 心揺さぶられて前のめりになるような感じにはならず、冷静だ。

 とはいえ、もうすぐ三十路なわけで……。

 彼との関係がこのままのBF&GF的交際のままなら、ボチボチ婚活はじめなきゃという考えも
頭に過るようになっていった。

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