『胡蝶の夢』に囚われて ― 夢か現か幻か ―

38 ◇本田達也と高遠里穂 


 山倉美並と同じ部署になったことで、同じフロアーで仕事上接触する機会ができた頃から
彼女のことを何気に『いいなぁ~』と本田は思ってきた。

 だが聞くところによると、彼女には難攻不落の恋人がいると聞き及んでいたし、
自分にも付き合っている彼女(高遠里穂)がいた。

 そのため、それ以上の特別な気持ちを育てることはなかった。

 本田も里穂とは学生時代から交際が続いていた。

 もう熱い迸るような想いはなかったが、アプローチをかけたい相手山倉美並には手堅い想い人が
いるようだし、このままいけば里穂とゴールインするのだろうな、などと漠然とではあるが、本田は
そんな風に考えていた。


 さて、その里穂だが──





一昨年の秋頃に突然、知人の男にレイプされたから訴えると泣きながら電話が掛かってきて本田は
唸った。

『レイプ?』本田は首を捻る。
 この治安のよい国で、未成年でもない女性が襲われる状況ってどんなパターンがあるのか? 
瞬時にあれやこれやと考えを巡らせてみる。

 普通に昼間その辺を歩いていてというパターンは、ほぼ無いよな。
『里穂、お前どこで何してたんだよ』

 本田は取り敢えず、要領を得ず会話にならない里穂に『そっちへ行くから──話はその時聞く』
そう言って電話を切った。

 最近、アルバイトが忙しくてと連絡があり、ここのところ会っていなかった
恋人。最後に会った時は楽し気な様子だった。

 里穂とは大学が同じで卒業する少し前に交際がはじまり、30才を目前にそろそろ年貢の
納め時かもしれないなぁと漠然と考えていた矢先のことだった。

 結婚相手として考えていた里穂がレイプされたという。
 そんなことをいきなり聞かされても、まったく他人事にしか思えなかった。

 あまりにことが重大過ぎて脳がバグを起こしているかのようだった。

 そんな本田も、里穂のアパートの前に立つ頃には、気持ちがそこはかとなく
冷えていた。

 その自分の気持ちを敢えてこじ開けて覗いて見るという作業は、
この時まだしたくなかった。

『まずは、里穂の話を聞き──事の成り行きの全容を知ってからだな』

 そこまで熟考したところで、インターホンを鳴らした。

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