離婚届を渡された契約妻ですが、罪を抱えたエリート外科医の愛が重すぎます
 遥が強く唇を引き結ぶのと前後して、低く通る声がすぐ隣から発せられた。

「そういう話は、今じゃなくていい」

 人々の食事を進める手がピタリと止まる。空気が一段冷え込んだように感じられて、遥は思わず夫を見た。真裕は平然とした顔で食事を口に運んでいる。

 そこで佳代子の場を和ませるような笑い声が耳に届いた。

「真裕は堅いわね。でも、あなたももう自分の立場が分かってきたでしょう?」

 その口調は穏やかだったが、逃げ道を塞ごうとしているかのような響きがあった。

「――継ぐというのは、こういうことなのよ」

 真裕は返事をしなかった。
 遥が息を詰めて事態を見守っていると、見かねた政彦が「まあまあ」ととりなす。

「そのくらいでいいだろう、佳代子。真裕だっていずれ分かってくるさ」
「そうかしら。あなたは真裕に甘すぎます」

 佳代子は息子の返事を聞けなかったことが不服だったようだが、やがてなにかに思い至ったらしく、深く頷いた。

「でも、そうね――」

 同時に柔らかく細められた目が、絡め取ろうとするかのように自身の長男を捉える。紅の引かれた唇が弓なりに曲線を描いた。
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