離婚届を渡された契約妻ですが、罪を抱えたエリート外科医の愛が重すぎます
 今まで聞いた中で一番低い声だった。

 そこに抑えきれない怒りを感じ取り、遥は身体を強張らせる。

「……違っ……」
「もういい」

 遥の大人げない行動に呆れてしまったのだろう。真裕はそんなひと言を投げつけるように口にすると、乱暴な動作で立ち上がった。そうして部屋を出ていこうとする。

 遅れて起き上がった遥は夫の背中に濃厚な拒絶の気配を感じ取って、胸を裂かれるような痛みを覚えた。

 ――行ってしまう。

 荒っぽい音をたててドアが開かれ、真裕は迷いのない足取りで廊下に踏み出す。

 その瞬間、遥は彼がもう二度とこの部屋に戻ってこないような予感を覚えた。

 崩れ落ちそうなほどの絶望感に目の前が真っ暗になり、気がつけば叫んでいた。

「待って!」

 自分でも思ってもみないほど鋭くほとばしった声に驚く余裕もない。

「今夜だけ……!」

 真裕の足がぴたりと止まる。

 遥は息が詰まりそうになりながら必死に言葉をつなげた。

「今夜だけで、いいから……っ、そばにいてほしいんです……!」

 そう口にしつつも、内心で打ちひしがれていた。

 なんて無様で、惨めで、情けないんだろう。
< 90 / 97 >

この作品をシェア

pagetop