隠れドS系御曹司は一目惚れで結ばれた彼女を溺愛して逃さない
「ねえ、お腹空かない?」

 沈黙の落ちた空気の中、羽琉矢の陽気な声が響いた。

 予想もつかなかった言葉に、結愛はまじまじと彼の顔を見つめてしまった。

 今頃、なんでそんなことを言うんだろう? 

 もうすぐ家に帰るのに。 

 突然そんなことを言われても、何て言ったらいいのか……返答に困る。
 やっぱりここは、お腹は空いていないって言った方が無難かもしれない、と思い至った時だった。


 ぐうぅー。


 静寂を破るように、お腹が鳴った。

 やだ、こんな時に。

 静かな敷地の中、音は思ったよりも大きかった。羽琉矢にもしっかり聞こえただろう。

 結愛は慌ててお腹を押さえた。

 そういえば、朝から何も食べていなかった。

 だからってこんな時に、この場面でこのタイミングで、鳴らなくてもよさそうなのに。勝手に暴走してしまったお腹が恨めしい。

 無様な格好は何度も見せているが、これは最たるものだ。何度、恥ずかしい思いをすれば気がすむんだろう。
 ああ……穴があったら入りたい。もしくはこの場から消えてしまいたい。
 身が縮む思いだった。

「身体は正直だね。そろそろ夕食の時間帯だし、一緒に食べよう?」

 赤面した結愛の顔を覗き込むと羽琉矢が弾んだ声で言った。

 てっきり大笑いされるかと思ったらそんなことはなく、安堵したが、食事に誘われてしまった。

「でも、帰らないと」

 すぐに同意できなかった。あと数歩で屋敷の外。せっかくの決心を無駄にしたくない。春の夕闇は早い。あっという間に暗くなってしまう。帰るなら今のうちだろうと思う。


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