隠れドS系御曹司は一目惚れで結ばれた彼女を溺愛して逃さない
広い敷地の中に建つ日本家屋の南に面した庭は、山間部を模した渓流があり雑木が植えられ、川には魚が泳いでいる。さながら自然の中にいるような錯覚を起こさせる景色を形どっていた。
樹木が幾種類も立ち並ぶ中、実をならせている木があった。
桃の木だった。
小ぶりの果実を一つだけ実らせている。
「この実も何日もつんだろう」
やるせない気分で桃を眺めていたこの家の主、羽琉矢は微かなため息をつく。
三月の下旬、桃の季節には早いのか遅いのか、去年の十二月に花をつけ、果実となったのは今年に入ってから。
昨今は気温の変化が激しいためか、季節外れの狂い咲きする花も多くなっているが、これはちょっと異常だった。
何しろ、花を咲かせるのも実がなるのも何十年か振り。
自分が生まれてから今まで一度も見たことがなかった。
祖父でさえ見ることは叶わなかったのだから、どれだけの年月休眠していたのだろう。
太い幹と左右に大きく広がった枝、堂々とした風格さえある桃の木は、この屋敷の中でもっとも古い樹木だった。
元々桃には魔除けや不老長寿などの伝説があるが、初代当主がそれにあやかり植樹をしたのがはじまりらしい。
桃の結実と事業の成功が同時期だったことが拍車をかけ、一族繁栄の象徴として大切にされていた。
いわゆる縁起物。
桃が実った年には、願いが叶うという逸話がいくつか残っている。